より尤も高等なる動物を作るにあらず、尤も高等なる動物をして、その高等なる所以《ゆゑん》を自覚[#「自覚」に傍点]せしめ、その高等なる職分を成就[#「成就」に傍点]せしむるにあり。宇宙の存在は微妙なる階級の上に立てり。一点之を傷くるあれば、必らずその責罰としての不調和あり。之れ即ち調和の中に、戦へる不調和の原意《ヱレメンツ》ある所以なり。微妙なる階級、微妙なる秩序、これありて万物悉く其の処を安んずるを得るなり。東に吹く風は再び西に吹き来る、気|燥《かわ》くところに雲自から簇《あつ》まるなり、雲は雨となり、雨は雲となる、是等のもの一として宇宙の大調和の為に動くところの小不調和にあらざるはなし。万《よ》ろづの事皆な空にして、法のみ独り実《じつ》なり、法のみ独り実にして、法に遵《したが》ふところの万物皆な実なるを得べし。自然は常変にして不変、常動にして不動、常為にして無為、法の眼に於て然り。
宗教完全にして美術も亦た完全ならんか、美術と宗教と相距《あひへだゝ》ること数歩を出でざるなり。然れども宗教にしていつまでも乾燥なる神学的の論拠に立籠《たてこも》らんか、美術も亦た己がじゝなる方向に傾かんとするは、当然の勢なり。宗教の度と美術の度とは、殆ど一種の比例をなせり。一国民の美術は到底、その倫理の表象なり。野卑なる国民は卑野なる美術に甘んじ、高尚なる国民は高尚なる美術を求む、勇敢なる国民に勇武の物語出で、淫逸なる国民に淫逸なる史乗あり。畢竟するに、万物その自《おのづ》からなる声をなして、而して美術はその声を具躰にしたるものに過ぎざれば、形は如何にありとも、その声の主なる心にして卑野なれば、美術も卑野ならざらんと欲して得べからざるは至当の理なり。宇宙の中心に無絃の大琴あり、すべての詩人はその傍に来りて、己が代表する国民の為に、己が育成せられたる社会の為に、百種千態の音を成すものなり。ヒユーマニチーの各種の変状は之によりて発露せらる。真実にして容飾なき人生の説明者はこの絃琴の下にありて、明々地《あからさま》にその至情を吐く、その声の悲しき、その声の楽しき、一々深く人心の奥を貫ぬけり。詩人は己れの為に生くるにあらず、己が囲まれるミステリーの為めに生れたるなり、その声は己れの声にあらず、己れを囲める小天地の声なり、渠は誘惑にも人に先んじ、迷路にも人に後《おく》るゝなし、渠は無言にして常
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