万物の声と詩人
北村透谷
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蚯蚓《みゝず》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)万物|自《おのづ》から
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)自覚[#「自覚」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)廷々《てい/\》
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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万物|自《おのづ》から声あり。万物自から声あれば自から又た楽調あり。蚯蚓《みゝず》は動物の中に於て醜にして且つ拙なるものなり。然れども夜深々窓に当りて断続の音を聆《き》く時は、人をして造化の生物を理する妙機の驚ろくべきものあるを悟らしむ。自然は不調和の中に調和を置けり。悲哀の中に欣悦を置けり。欣悦の裡に悲哀を置けり。運命は人を脅かすなり、而して人を駆つて怯懦卑劣なる行為をなさしむるなり。情慾は人を誘ふなり、而して人を率ゐて我儘気随のものとなすなり。自然は広漠たる大海にして、人生は廷々《てい/\》たる浮島に似たり。風浪常時に四囲を襲ひ来りて、寧静《ねいせい》なる事は甚だ稀なり。四節は追はずして駿馬《しゆんめ》の如くに奔馳《ほんち》し、草木の栄枯は輪なくして廻転する車の如し。自然は常変なり、須臾《しゆゆ》も停滞することあるなし。自然は常動なり、須臾も寂静あることなし。自然は常為なり、須臾も無為あることなし。その変、その動、その為、各自一個の定法の上に立てり、而して又た根本の法ありて之を支配するを見る。淵に臨みて静かに水流の動静を察するに、行きたるものは必らず反《か》へる、反へれるものは必らず行く。若きもの必らず老ゆ、生あるもの必らず死す。苦あるものに楽あり、楽あるものに苦あり。造化は偏頗《へんぱ》にして偏頗にあらず、私にして無私なり。差別の底に無差別あり。不平等の懐に平等あり。然り、造化の妙機は秘して其最奥にあるなり。人間の最奥なるところ、之を人間の空と言ひ、造化の最奥なるところ、之を造化の霊と言ふ。造化の最奥! 造化の霊! そこに大平等の理あるなり。そこに天地至妙の調和あるなり。人間はいかほどに卑しく拙《つた》なくありとも、天地至妙の調和は、之によりて毀損《きそん》せらるゝことなきなり。あはれ、この至妙の調和より、万物皆な或一種の声を放ちつゝあるにあらずや。
形の
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