ン》ち骨|剛《かた》きものすら多くは「時」の潮流に巻かれて、五十年の星霜|急箭《きふせん》の飛ぶが如くに過ぐ。
 然れども社界の裡面には常に愀々《しう/\》の声あり、不遇の不平となり、薄命の歎声となり、憤懣心の慨辞となりて、噴火口端の地底より異様の響の聞ゆる如くに、吾人の耳朶《じだ》を襲ふを聴く。まことや人間社界ありてより以来、ヂスコンテンションと呼べる黒雲の天の一方にかゝらぬ時はあらざるなり。
 凡《およ》そ社界の組織、封建制度ほど不権衡なるものはあらず、而して徳川氏の封建制度極めて完成したるものなりし事を知らば、社界の一方にヂスコンテンションの黒雲も亦た彼の如くに広大なりしものあらざりしを見るべし。その不平の黒雲の尤も多く宿るところは、尤も深く人間の霊性を備へたる高尚なる平民の上にあり。阿諛佞弁《あゆねいべん》をもて長上に拝服するは小人の極めて為し易きところにして、高潔なる性格ある者に取りて極めて難しとするところなり。もし今よりして当時の平民の心裡の実情を描けば、あはれ彼等は蠖蟄《くわくちつ》の苦を甘んずるにあらざれば、放縦豪蕩にして以て一生を韜晦《たうくわい》し去るより外《ほか》
前へ 次へ
全29ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング