黷ニなるなり。斯の理想は世上に満布したり、この理想は平民社界に拡がれり、むしろ高等民種の過半をも呑みたり、或時は通と言ひ、或時は粋といふもの、此理想に外《ほか》ならざるなり。而して此理想なるものは即ち平民社界の紳士を作りし潜勢力にして、平民紳士の服装、挙動、会話、趣味この理想に基づかざる事甚だ稀なり。
眼《まなこ》を転じて巣林子に次ぎて起れる戯曲界の相続者を見れば、題目として取るところ、平民社界の或一種の馳求《ちきう》を充たすものあるを見るべし。之を聞く、河原乞児《かはらこじき》の尤も幼稚なりし時に、其|好趣《かうしゆ》は戦国的の勇壮なるローマンス風のものにて、例せば盗賊を取りて主人公となし、之れに慈憐の志を深うせしめ、彊《きやう》を捍《ひ》しぎ、弱を助くる義気に富ましめ、以て戦国に遠からぬ時代の人心に愬《うつた》へたる如き、概して言へば不自然《アンナチユラリズム》と過激《ヱンサシアズム》とは、この時代の演劇に罅《か》く可からざる要素なりしとぞ。後《のち》に発達したる戯曲(巣林子以後の)に到りても、この不自然と過激とは抜くべからざる特性となりて、「菅原伝授手習鑑」に於て、「蝶花形《て
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