チ異の旗幟《きし》を樹《た》てたるや。その始めは、共に至粋の宿れるなり、啻《た》だ一は之を侠勇に形成し、一は之を艶美(所謂粋)に形成したるの別あるのみ。
 右は難波と江戸との理想の異色を観察したるのみ、元より侠と言へば江戸に限り、粋と言へば難波に限るにあらず、われは爰《こゝ》に預言者の声を吟味し、その代表する「時」を言ひたるに過ぎず。

     (第三)

 徳川氏の時代に於て其遊戯、其会話、其趣味を探らんもの、文士の著作に如《し》くはなし。而して文士の著作を翫味《ぐわんみ》するもの、武士と平民との間に凡《すべ》ての現象を通じて顕著なる相違あることを、研究せざるべからず。琴の音《ね》を知り、琵琶の調《てう》を知るものは、之を三絃の調に比較せよ、一方はいかに荘重に、いかに高韻なるに引きかへて、他はいかに軽韻卑調なるに注意するなるべし、斯《かく》の如きは武士と平民との趣味の相違なり。謡曲を聴きたる人は浄瑠璃を聴かん時に、この両者に相容れざる特性ある事に注意するならむ。かくの如く、其能楽に於て、河原演劇に於て、又は其遊芸に於て、もしくは其会話の語調に於て、極めて明晰なる区別あることを知らむ
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