かな仏教の中《うち》にも卑近なる教派のみ彼等の友となり、迷信は彼等を禁籠する囚宰《しうさい》となり、弱志弱意は彼等を枯死せしむる荒野《あれの》となり、彼等をして人間の霊性を放擲《はうてき》して、自《みづか》ら甘んじて眼前の権勢に屈従せしむるに至りぬ。
 自由は人間天賦の霊性の一なり。極めて自然なる願欲の一なり。然るに彼等は呱々《こゝ》の声の中《うち》より既にこの霊性を喪《うしな》へるを自識せざる可らざる運命に抱かれてありたり、自然なる願欲は抑へて、不自然なる屈従を学ばざる可らざるタイムの籠に投げられてありたり。人誰れか全くタイムの籠に控縛《こうばく》せらるゝを心地よしとするものあらむ、人誰れか天賦の霊性を自殺せしむべき運命を幸福なりとするものあらん。沙翁、人間に斯般《しはん》の一種の煩悶《はんもん》の抜く可からざるものあるを見て、通解して謂《い》へらく、
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For who would bear the whips and scorns of time,
The oppressor's wrong, the proud man's contumely, etc.
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 まことに人間は自由を享有すべき者なるよ。今日までの歴史を細閲すれば、自由を買はんとて流せし血の価《あたひ》と煩悶せし苦痛の量とはいかばかりぞや。
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And thus the native hue of resolution
Is sicklied o'er with the pale cast of thought ; etc.
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 徳川氏末世の平民、実にこの煩悶を有《たも》つこと少なからざりしなり、この煩悶の苦痛に堪《た》へがたかりしなり、こゝに於てか権勢家の剛愎《がうふく》にして暴慢なる制抑を離れて、別に一種の思想境を造り、以て自ら縦《ほしいまゝ》にするところなきを得ず。この思想境は余が所謂《いはゆる》一種の平民的虚無思想の聚成《しゆうせい》したるところなり。而して十返舎一流の戯墨は実に、この種の思想境より外に鳴り出でたる平民者流の自然の声にあらずして何ぞや。
 民友子|先《さき》つ頃「俗間の歌謡」と題する一文を作りて、平民社界に行はるゝ音楽の調子の低くして険《けん》なるを説きぬ。民友子は時勢を洞察して、歎慨の余
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