想断々(2)
北村透谷

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)変《へん》なり。

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)其音|懼《おそ》る可し、

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]
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     兵甲と国家

 兵甲を以て国威を張るは変《へん》なり。兵甲は寧《むし》ろ国家を弱め、人心を危うするに足るも、以て大《おほい》に国力を養ひ、列国に覇《は》たらしむる者にあらず。国の本真《ほんしん》は気にあり。気若し備はらば業《げふ》挙らむ。凡《およ》そ業なくして勇を談ずるは、仮勇なり。業は以て地歩を堅うし、仮勇は以て自《みづか》らを危うす。

     請ふ米国を視よ

 米国は迺《すなは》ち業《げふ》の国なり。始めより肯《あへ》て国際間の武威を弄《ろう》せず。而して各国之を畏《おそ》る。何が故に畏るゝ、曰く、国民の元気充溢し、百般の業の上に其真勇を睹《み》ればなり。敢て兵甲を以て天下に傲《ほこ》らず、而も諸強国に対峙《たいぢ》して遜色ある事なし。

     彼は迫らず

 蓋し彼は悠々として強弱の外に濶歩しつゝあるなり。彼は匠工なり、建設する事を心に留めて他を顧みず。蓋し猛虎も餓《う》ゆるが故に他を攫《くわく》す、然れども何の日か猛虎の全く餓ゆるなきを得む。猛虎の野に吼《ほ》ゆるや、其音|懼《おそ》る可し、然れども、其去れる跡には、莫然《ばくぜん》一物の存するなし、花は前の如くに笑ひ、鳥は前の如くに吟ず。彼《か》の匠工に至りては然らず、其建設する所一として空しきはなし。彼れ能く堅固なる鉄檻を作る事を知る、彼れ能く猛虎を捕ふるの術を知る。猛虎も遂に幾間《いくけん》の隘牢《あいらう》に甘んぜざるを得ざるの時なしとせんや。

     憐れむ可きは戦病国

 仏独相対して兵備日に厳なり。而して其中間に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《はさ》まれたる以太利《イタリー》は遂に如何《いか》ならむ。邦運久しく疲れて産業興らず。民多くは一種固有の疾疼《しつとう》に困《くる》しむ。而して国境を守るの兵は日に多く、痩《や》せたる民衆に課するの税斂《ぜいれん》は月に加ふ。先に拿翁の蹂躪《じうりん》に遭ひ、今後更に慮るところあり。昔日暴風雨を凌《しの》ぎ、疾雷閃電の猛威を以て、中原を席捲《せきけん》し去りたる夢は今|何処《いづこ》にかある。平和の君、平和の君、切に此邦《このくに》を憐れまれん事を願ふ。

     闘犬

 戦ひに死して背《はい》を敵に向けず、其勇は実に嘉《よみ》すべし。然れども戦ふ為に産《うま》れ、戦ふ為に仆《たふ》る可きは、夫れ仏国か。一大魔ありて人間界を支配するとせば、彼は仏国を以て一闘犬となしつゝあるなり。何となれば仏人は国利の為に戦ふよりも、寧ろ戦ひの為に戦ふ。平和、平和、遂に爾《なんぢ》を煩《わづら》はさざるを得ず。
[#地から2字上げ](明治二十五年三月)



底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「平和 一號」平和社(日本平和會)
   1892(明治25)年3月15日
入力:kamille
校正:鈴木厚司
2005年5月18日作成
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終わり
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