り。
 粋と侠とは遊廓内に生長したり、而して作家は之を世に教へたり。西鶴|其磧《きせき》より下《くだ》つて近世の春水谷峨の一流に至るまで、多くは全心を注いで此粋と侠とを写さんことをつとめたり。抑《そもそ》も粋は人の好むところ、侠も人の愛するところ、然れども粋をして必らずしも身を食ふ虫とならしめ、侠をして必らずしも身を傷《そこな》ふものとならしめしは、先代の作家大に其罪を負はざる可からず。
 左《さ》りながら、余は粋と侠とを我が文学史より抽《ぬ》き去らん事を願ふ者にあらず。先にも言へる如く厳格なる封建制度の下にありて、婬靡を制する権《ちから》とては儒教の外になく、宗教の勢力は全く此点に及ぼすところなく、唯だ覚束《おぼつか》なき礼教の以て万法自然なる恋愛を制抑しつゝありしのみなる世に、斯《か》かる変体の仏出現ましまして、以て恋愛の衆生を済度したるは、自然の勢なるべし。粋様と侠様とが相聯《あひつらな》つて、当時の文士の理想となりしも、怪む可き事にはあらず。
 紅葉は当今の欧化主義に逆《さから》つて起りし文人なり。純粋の日本思想を以て文壇に重きを持する者なり。われ之を彼が従来の著書に徴して知り
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