秋窓雑記
北村透谷
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)宜《よけ》れど、
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)万木|凋落《てうらく》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)たま/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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第一
かなしきものは秋なれど、また心地好きものも秋なるべし。春は俗を狂せしむるに宜《よけ》れど、秋の士を高うするに如《し》かず。花の人を酔はしむると月の人を清《す》ましむるとは、自《おのづ》から味《あじはひ》を異にするものあり。喜楽の中に人間の五情を没了するは世俗の免かるゝ能《あた》はざるところながら、われは万木|凋落《てうらく》の期に当りて、静かに物象を察するの快なるを撰ぶなり。
第二
希望は人を欺き易きものぞ。今年《こんねん》の盛夏、鎌倉に遊びて居ること僅《わづ》かに二日、思へらく此秋こそは爰《こゝ》に来りて、よろづの秋の悲しきを味ひ得んと。図らざりき身事忙促として、空しく中秋の好時節を紅塵万丈の裡《うち》に過さんとは。然《しか》れども秋は鎌倉に限るにあらず、人間到るところに詩界の秋あり。欺き易き希望を駕御《がぎよ》するの道は、斯《こゝ》にこそあれ。
第三
我庵《わがいほ》も亦《ま》た秋の光景《けしき》には洩《もれ》ざりける。咽《のど》なきやぶるばかりのひよどりの声々、高き梢に聞ゆるに、※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]を開きてそこかこゝかとうち見れば、そこにもあらず、こゝにもあらず、※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]を閉ぢて書を披《ひら》けば一層高く聞ゆめり。鳥の声ぞと聞けば鳥の声なり、秋の声ぞと聞けば、おもしろさ読書の類《たぐひ》にあらず。
第四
病みて他郷にある人の身の上を気遣ふは、人も我もかはらじ、左《さ》れど我は常に健全《すこやか》なる人のたま/\床に臥すを祝せんとはするなり。病なき人の道に入ることの難《かた》きは、富めるものゝ道に入り難きに比《ひと》しからむ。世には躰《たい》健《すこや》かなるが為に心健かならざるもの多ければ、常に健やかなるものゝ十日二十日病床に臥すは、左まで恨むべき事にあらず、況《ま》してこの秋の物色《けしき》に対して、命運を学ぶにこよなき便《よすが》あるをや。斯《か》く我は真意《まごゝろ》を以て微恙《びやう》ある友に書き遣《おく》れり。
第五
萩薄《はぎすゝき》我が庭に生ふれど、我は在来の詩人の如く是等の草花を珍重すること能はず。我は荒漠たる原野に名も知れぬ花を愛《め》づるの心あれども、園芸の些技《さぎ》にて造詣《ざうけい》したる矮少《わいせう》なる自然の美を、左程にうれしと思ふ情なし。左は言へど敢て在来の詩人を責むるにもあらず、又た自己の愛するところを言はんとにもあらず、唯だ我が秋に対する感の一《ひとつ》として記するのみ。
第六
鴉こそをかしきものなれ。わが山庵の窓近く下《お》り立ちて、我をながし目に見やりたるのち、追へども去らず、叱すれども驚かず、やゝともすれば脚を立て首を揚げて飛去らんとする景色は見すれど、わが害心なきを知ればにや、たゞちよろ/\と歩むのみ。浮世は広ければ、斯《かゝ》る曲物《くせもの》を置きたりとて何の障《さは》りにもなるまじけれど、その芥《あくた》ある処に集り、穢物《ゑぶつ》あるところに群がるの性あるを見ては、人間の往々之に類するもの多きを想ひ至りて聊《いさゝ》か心《むね》悪くなりたれば、物を抛《な》ぐる真似しけるに、忽《たちま》ちに飛去りぬ。飛去る時かあ、かあ、と鳴く声は我が局量を嘲る者の如し。実に皮肉家と云ふもの、文界のみにはあらざりけり。
第七
夜更けて枕の未だ安まらぬ時|蟋蟀《きりぎりす》の声を聞くは、真《まこと》の秋の情《こゝろ》なりけむ。その声を聞く時に、希望もなく、失望もなく、恐怖もなく、欣楽《きんらく》もなし。世の心全く失せて、秋のみ胸に充つるなり。松虫鈴虫のみ秋を語るにあらず。古書古文のみ物の理を我に教ふるにあらず。一蟋蟀の為に我は眠を惜まれて、物思ひなき心に思《おもひ》を宿しけり。
第八
芭蕉の葉色、秋風を笑ひて籬《まがき》を蓋《おほ》へる微かなる住家《すみか》より、ゆかしき音《ね》の洩れきこゆるに、仇心浮きて其《そ》が中《なか》を覗《うかゞ》ひ見れば、年老いたる盲女の琵琶を弾ずる面影|凛乎《りんこ》として、俗世の物ならず。その律調の端正なること、今の世の浮華なる音楽に較ぶべからず。うれしき事に思ひぬ。
第九
紅葉館は我|庵《いほ》の後《うしろ》にあり。古風の茶亭とは名のみにて、今の世の浮世才子が高く笑ひ、低く語るの塲所なり。三絃の音耳を離れず、蹈舞の響森を穿《うが》ちて来《きた》る。その音の卑しく、其響の険なるは、幾多世上の趣味家を泣かすに足る者あるべし。紳士の風儀久しく落《おち》て、之を救済するの道未だ開けず。悲《かなし》いかな。
第十
わが幻住のほとりに、情《なさけ》しらぬもの多く住むにやあらむ、わがうつりてより未だ月の数も多からぬに三度《みたび》までも猫を捨てたるものあり。一たびは朝早く我机辺に泣くを見出し、二度目《ふたゝびめ》には雨ふりしきる日に垣の外より投入れられぬ。三度目《みたびめ》は我が居らざりし時の事なれば知らず。浮世の辛らきは人の上のみにあらずと覚えたり。
第十一
今の世の俳諧士は憐れむべきものなるかな。我|庵《いほ》を隔つること杜《もり》ひとつ、名宗匠|其角《きかく》堂永機住めり、一日人に誘はれて訪ひ行きつ、閑談|稍《やゝ》久しき後、彼の導くまゝに家の中《うち》あちこちと見物しけるが、華美を尽すといふ程にはあらねど、よろづ数奇《すき》を備へて粋士の住家とは何人《なにびと》も見誤らぬべし。間数も不足なき程にあれば何をか喞《かこ》つべきと思ふなるに、俳翁|頻《しき》りに其|狭陋《けふろう》なるをつぶやきて止まず。一向に心得ねば、笑つて翁に言ひけるやう、御先祖其角の住家より狭しと思すにやと。俳士をして俗に媚《こ》ぶるの止むを得ざるに至らしめたるものあるは、余と雖《いへども》之を知らぬにあらねど、高達の士の俗世に立つことの難きに思ひ至りて、黙然たること稍しばしなりし。
[#地から2字上げ](明治二十二年十月)
底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「女學雜誌 三三〇號」女學雜誌社
1892(明治25)年10月22日
入力:kamille
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年10月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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終わり
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