り、ボルテーア逝き、バイロン逝けり。歴史の頁数は年毎に其厚さを加ふれど、思想界の領地は聊爾《いさゝか》も減毀《げんき》せらるゝを見ず。恰《あたか》も是れ渡船に乗じて往来する人の面は常に異なれど、渡頭、船を呼ぶの声は尽くる時なきが如し。
日本をして明治あらしめたるも思想の力多ければなり。「明治」をして、過去の幾星霜の如く蜉蝣的《ふいうてき》の生涯を為さしめたるもの、抑《そもそ》も亦た思想の空乏に因するところ寡《すくな》しとせんや。思想は駭風《がいふう》の如く、以て瓦石を飛ばすべし、思想は滋雨の如く、以て山野を潤ほすべし。国を建て家を興すもの渠《かれ》なり、深く人心の奥を支配するものも渠なり。人間霊魂の第一の顧問は渠なり、渠の動くところに霊魂の自由なる運作《うんさ》あり。渠は人間の最上府を鎮護するの任を有せり。渠は斯の如く人間の最上府を囲繞《ゐねう》して、而して人間の結托せる社会を鎮護せり。社会と名づけ、国家と呼ぶも、要するに個々人間の最上府が、自由の意志を以て相結托せる衆合躰に過ぎざるなり。帰着する所は一個の最上府なり、爰《こゝ》に総《すべ》ての運命を形成せり、爰に総ての過去と、総ての
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