》りたる独逸《ドイツ》祖国歌は非常の賞賛を得て、一篇の短歌能く末代の名を存せしと聞く。然れども是れ賞賛のみ、喝采のみ、一の国民の私に表せし同情のみ、未だ以て真正の詩歌界に於ける月桂冠とは云ふべからざるなり。吾人は「早稲田文学」と共に、少くとも国民大の思想を得んことを希望すること切なりと雖、世の詩歌の題目を無理遣りに国民的問題に限らんとする輩に向ひては、聊か不同意を唱へざる可からず。「国民之友」曾《か》つて之を新題目として詩人に勧めし事あるを記憶す、寔《まこと》に格好なる新題目なり、彼の記者の常に斯般《しはん》の事に烱眼《けいがん》なるは吾人の私《ひそか》に畏敬する所なれど、世には大早計にも之を以て詩人の唯一の題目なる可しと心得て、叨《みだ》りに所謂高蹈的思想なるものを攻撃せんとする傾きあるは、豈《あ》に歎息すべき至りならずや。詩人は一国民の私有にあらず、人類全躰の宝匣《ほうかふ》なり、彼をして一国民の為に歌はしめんとするの余りに、彼が全世界の為に齎《もた》らし来りたる使命を傷《やぶ》らしめんとするは、吾人其の是なるを知らず。
 然りと雖、詩人も亦た故国に対する妙高の観念なきにあらず、邦
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