之を追ふものなし。前家に碓舂《たいしよう》の音を聴き、後屋に捉績《そくせき》の響を聞く。人朴にして笑語高く、食足りて歓楽多し。都城繁労の人を羨《うらや》む勿《なか》れ、人間|縦心《しようしん》の境は爾《なんぢ》にあり。
其四 暁起
一鴉鳴き過ぎて、何心ぞ、我を攪破《かうは》する。忽《たちま》ち悟る人間十年の事、都《す》べて非なるを。指を屈すれば友輩幾個白骨に化し、壮歳久しく停まらざらんとす。逝《ゆ》く者は逐ふ可からず。来る者は未だ頼み難し。友を憶へば零落の人、親を思へば遠境にあり。寝を出て襟を正して端然として坐す。この身功名の為に生れず、又た濃情の為に生れず、筆硯を顧みて暫らく撫然たり。
其五 乞食
天の人に対する何ぞ厚薄あらん。富めるもの驕《おご》る可からず、貧しきもの何ぞ自ら愧《は》づるを須《もち》ひん。額上の汗は天与の黄金、一粒の米は之れ一粒の玉、何ぞ金殿玉楼の人を羨まむ。唯だ憫《あは》れむべきは食を乞ふの人。天の彼を罰するか、彼の自ら罰するか、韓郎の古事、世に期し難く、靖節《せいせつ》の幽意、人の悟ることなし。
夕陽西に傾いて戸々の炊烟《すゐえ
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