漁獲

 今朝、漁師急馳して海に出で、村媼《そんあう》囂々《がう/\》として漁獲を論ず。午《ひる》を過ぐる頃、先づ回《かへ》るの船は吉報を齎《もた》らし来る。之に次ぐものは鰹魚を積んで帰り、村中の老弱海浜に鳩《あつ》まる。此日は之れ当年第一の夏漁、頓《やが》て見る村童頻々として来往し、人々一尾を携へざるなく、家々鮮肉を味はざるなし。漁家にあらざるもの僅かに三戸、而して村情隣を捨てず、価なくして亦た挙家の鼓腹あり。全邑《ぜんいふ》今日鮮魚に飽く、之を東都の平等先生に告げて、与にこの歓喜の情を讃めなば、如何にぞや。

     其十一 言語

 村家に就きて言語を査するに、親子兄弟一様なる語調あり。われは平生、我が国語の自から階級的なるを厭ふもの。之を思ひて私《ひそ》かに悟るところあり。

     其十二 蝉声

 ゆふべの風に先《さきだ》ちて簾《すだれ》を越え来るものは、ひぐらしの声、寂々として心神を蕩《とか》す、之を聴く時|自《おのづ》から山あり、自から水あり。家にありて自から景致の裡にあり。団扇《うちは》を握つて※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]前《さうぜん》に出れば、既に声を収めて他方に飛べり。
[#地から2字上げ](明治二十六年七月)



底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「評論 九號」女學雜誌社
   1893(明治26)年7月29日
入力:kamille
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年10月6日作成
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