三百幾つと数ふる何《ど》の骨を愛《め》づると云ふにあらず、何《ど》の皮を好しと云ふにあらず、おもしろしと云ふにあらず、楽しと云ふにあらず、我は白状す、我が彼女と相見し第一回の会合に於て、我霊魂は其半部を失ひて彼女の中《うち》に入り、彼女の霊魂の半部は断《たゝ》れて我|中《うち》に入り、我は彼女の半部と我が半部とを有し、彼女も我が半部と彼女の半部とを有することゝなりしなり。然《しか》れども彼女は彼女の半部と我の半部とを以《も》て、彼女の霊魂となすこと能はず、我も亦た我が半部と彼女の半部とを以《も》て、我霊魂と為すこと能はず、この半裁したる二霊魂が合して一になるにあらざれば彼女も我も円成せる霊魂を有するとは言ひ難かるべし。然るに我はゆくりなくも何物かの手に捕はれて窄々《さく/\》たる囚牢の中《うち》にあり、もし彼女をして我と共にこの囚牢の中にあらしめば、この囚牢も囚牢にあらずなるべし、否《い》な彼女とは言はず、前にも言へりし如く我が彼女を愛するは其骨にあらず、其皮にあらず、其|魂《たましひ》にてあれば、我は其魂をこの囚牢の中《うち》に得なむと欲《おも》ふのみ。
日光を遮断《しやだん》する鉄塀は比《ひと》しく彼女をも我より離隔して、雁《かり》の通ふべき空もなし、夢てふもの世にたのむべきものならば、我は彼女と相談《あひかた》る時なきにあらず、然れどもその夢もはかなや、始めに我をたばかりて、後《のち》にはおそろしき悪蛇の我を巻きしむるに終る事多し。眠りを甘《うま》きものと昔しの人は言ひけれど、我は眠りの中《うち》に熱汗に浴することあり。或時は、我手して露の玉に湿《うるほ》ふ花の頭《かしら》をうち破る夢を見、又た或時は、春に後《おく》れて孤飛する雌蝶の羽がひを我が杖の先にて打ち落す事もあり、かつて暴《あ》らかりしものを、彼女に会ひてより和らげられし我が心も、度々の夢に虎伏す野に迷ひ、獅子|吼《ほ》ゆる洞《ほら》に投げられしより、再び暴《あ》れに暴れて我ながらあさましき心となれり。眠りはしかく我に頼めなき者となりしかど、もし現《うつゝ》の味気なきに較ぶれば、斯かるゝ丈も慰めらるゝひまあるなり。
現《うつゝ》に於ける我が悲恋は、雪風|凛々《りん/\》たる冬の野に葉落ち枝折れたる枯木のひとり立つよりも、激しかるべし。然り、我は已《す》でに冬の寒さに慣れたり、慣れしと云ふにはあらね
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