事甚だ容易なり。そも/\厭世家なるものは社界の規律に遵《したが》ふこと能はざる者なり、社界を以て家となさゞる者なり、「世に愛せられず、世をも愛せざる者なり」(I love not the world, nor the world me.)繩墨の規矩《きく》に掣肘《せいちう》せらるゝこと能はざる者なり、「普通の快楽は以て快楽と認められざる者なり」(My pleasure is not that of the world, etc.)一言すれば彼等が穢土と罵るこの娑婆に於て、社界といふ組織を為す可き資格を欠ける者なり。故に多くの希望を以て、多くの想像を以て入りたる婚姻の結合は、彼等をして敵地に蹈入らしめたるが如きのみ。彼等が明鏡の裡《うち》に我が真影の写るを見て、益《ます/\》厭世の度を高うすべきも、婚姻の歓楽は彼等を誠信と楽天に導くには力足らぬなり。
彼等は人世を厭離するの思想こそあれ、人世に覊束せられんことは思ひも寄らぬところなり。婚姻が彼等をして一層社界を嫌厭せしめ、一層義務に背かしめ、一層不満を多からしむる者、是を以てなり。かるが故に始《はじめ》に過重なる希望を以て入りたる婚姻は
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