るもよし、苟《いやし》くも恋愛が人生の一大|秘鑰《ひやく》たる以上は、其素性の高潔なるところより出で、其《その》成行の自然に近かるべきは、文学上に於て希望せざるを得ざる一大要件なり。
抑《そもそ》も恋愛は凡ての愛情の初めなり、親子の愛より朋友の愛に至《いたる》まで、凡《およ》そ愛情の名を荷ふべき者にして恋愛の根基より起らざるものはなし、進んで上天に達すべき浄愛までもこの恋愛と関聯すること多く、人間の運命の主要なる部分までもこの男女の恋愛に因縁すること少なからず。左れば文人の恋愛に対するや、須《すべか》らく厳粛なる思想を以《も》て其美妙を発揮するを力《つと》むべく、苟くも卑野なる、軽佻《けいてう》なる、浮薄なる心情を以て写描することなかるべし。
高尚なる意あるものには恋愛の必要特に多し、そは其心に打ち消す可からざる弱性と不満足と常に宿り居ればなり、恋愛なるものはこの弱性を療《れう》じ、この不満足を愈《いや》さんが為に天より賜はりたる至大の恩恵にして、男女が互に劣情を縦《ほしいまゝ》にする禽獣的慾情とは品異れり。プラトーの言へりし如く、恋愛は地下のものにはあらざるなり、天上より地下に降
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