石山の云ふことを認め、直ちに小作料減率の請求を、全部の署名をして、地主に「嘆願」することにしてはどうか、といふことを云つた。齋藤といふ兵隊歸りの若者だつた。
 次は、四十位の百姓で、壇に上ると、いきなり手をふり※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はしながら、醉つた眼を皆の方へすえて「俺達は……」とか「そこで以て、故に……」とか「そして須く……」「しなければならないんであります。」そんなことばかり云つた。ぐでん/\に醉拂つてゐた。皆が笑つた。誰かゞ、そんな奴は下ろせ、とか、下りろとか叫んだ。その百姓は、臺の上で見得を切つてみせると、身體をフラつかせながら壇を下りた。もと旅役者に入つてゐたことがある男で、醉拂ふと、昔の型物の眞似をするので、皆んな知つてゐた。
 年寄つた百姓が上つた。――色々説をきいたけれども、みんな「不義不忠」のことばかりだ、と云つた。言葉が齒からもれて、一言々々の間に、シツ、シツといふ音が入つた。――地主樣と自分達は親子のやうなものだ。若いものは、それを忘れてはならない。「いやしくも」地主樣にたてつくやうなことはしないことだ。「畑でも取り上げられたらどうするんだ。」――さう云つた。「お父アーン、分つたよ。」と、後から叫んだものがあつた。終つてその年寄が壇を下りると、又ガヤ/\した。
 今迄かなり、皆んなの氣持が一緒にかたまつてグツ/\と進んできたとき、この年寄つた百姓の言葉が、皆を暗闇から出て來た牛のやうに、ハツと尻ごみさした。かういふことでは、百姓は牛だつた。
「何んだベラ棒奴! ウン、野郎!」さつきの、醉拂つた百姓が又身體をヨロめかして、壇に上つてきた。「何云つてるんだい。老ボレ。そつたらごどで俺だちの貧乏どうしてくれるんだい。」
「ウン/\」といふのがあつた。「下りろ」「さうだ/\」……
 石山はそこで、出て行つた。――俺だちのしなけアならない事は、もう決つてゐるのだ。それをしなかつたら、明日食ふ米がなくなつて、俺だちは死ななければならない事だけだ。――俺だちはどうしても死んだ方がいゝと思つてゐるものは手をあげてくれ。さう云つた。
 ガヤ/\が靜まつてきた。しばらく石山はつツ立つてゐた。
 ――誰もない。ぢや俺だちは生きるんだなあ。そしたら、俺だちは俺だちの方法を實行するんだ!
 それより外に斷じてないことになるだらう。
 この斷定的な調子が、皆の氣持を、またグツと前へ突き出した。
 石山は「齋藤案」を持ち出して、それに對して論議を進めることにしようと計つた。
 そして、「この事に對して意見のある方は、手をあげて自分に云つて貰ひたい。」と云つた。
 またやかましくなつた。地主のことを惡く云ふものや、それを然し何處かで擁護してゐるものや、さういふのが、お互にブツ/\云ひ合つた。中には、ブツキラ棒に興奮して、※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はらない口で、吃りながらしやべるものもあつた。が、さういふやうに色々のことを云ひながら、然し「どうする」といふことになると百姓達は、ちつとも分つてゐないやうに見えた。石山は壇上に立つたきりで、だまつて皆のしやべるのを聞いてゐた。石山は、皆の一番後の板壁に、先生が寄りかゝつてゐるのを見た。それから少し離れた窓際に、源吉が腕をくんで、がつしり立つてゐるのを知つた。皆の眞中頃にゐて、何か腕を振つてしきりにしやべつてゐる片岡といふ百姓は、此前、地主のお孃さんが遊びに來たとき、石狩川に落ちた、その時それを助けに飛込んで、自分で半分死ぬ目に會つた男だつた。が、大部分の百姓は、ポカーンと口をあいて、誰か云ふのを、代る代り、聞き惚れてゐた。
「誰か考へがありませんか。」
 石山が大聲をあげて聞いた。それで、一寸靜かになつた。
 すると、一人が、
「全然(まるツきり)地主さ納めねえ方がえゝべよ。」と云つた。
 が、その意見は、忽ち皆の反對に會つてしまつた。そんなことはとても出來得ないことであり、又すべきことでない、さう百姓は誰も考へてゐた。
「では、皆の意見は、小作料率の低減ですか。その嘆願ですか。」石山がさうきいた。と、又ガヤ/\になつた。それがしばらく續いた。
「この意見に反對の人は手をあげて下さい。」
 誰も上げなかつた。
「ありませんか。」
 間。
 誰もなかつた。
「ぢや、齋藤案に從ふことになるんですねえ。」
 皆は互に見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はしてみた。それから手が、あやふやに七ツ、八ツ擧がつた。
「そつたらごとで百姓の貧乏なほるもんけア!」
 誰か後で野生的な太々しい聲で叫んだ。さういふ瞬間であつたので皆はその方を見た。――源吉だつた。
「ぢや、源吉君、どうするんです。」石山がきいた。
「分つてるべよ。地主から畑ばとツ返すのさ!」
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