々嫁は貰えなかった。と云って、又金を懐にしてワザワザH町まで出掛けて行くことの出来ないものは、日が暮れると、勝のところへやってきた。
 ひょいと見ると、勝の家から誰か男が出てきた。出口の幅だけの光を身体の半面にうけて、それがこっちから見えた。――武田だ! 偉いこと云って!――健は武田のそういう処を見たのが愉快でたまらなかった。
 今に見ろ、畜生!
[#改段]

    七


     七之助の手紙

 畑から帰ってくると、母親がプリプリ怒っている。
「見れでよ。切手不足だって、無《ね》え金ば六銭もふんだくられた。」
 手紙は七之助から来ていた。――健は泥足も洗わずに、炉辺へずッて行って、横になりながら封を切った。

 朝五時に起きて、六時には工場に行っている。油でヒンやりする、形の無くなった帽子をかぶり、背中を円るくし、弁当をブラ下げて出掛けて行く。俺の前や後にも、やっぱりそういう連中が元気のない恰好で急いで行く。――工場では、ボヤボヤしていられない。朝の六時から晩の五時迄、弓の弦のように心を張っていなければならない。
 俺が来てから、仲間の若い男が二人機械の中にペロペロとのまれてし
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