うに感じた。――健を見ると、軽く顎だけを、それも顎の先きだけを、分らない程に動かした。
「田口健です。」吉本が取次いだ。
「ウ――これか?」
一寸管理人を見て、それから側に坐っていた奥様と令嬢へ、「これが農場一の模範青年なんだぜ。」と云った。
「まア、しっかりやってくれ。――これからお前達が一番頼りだんだからな……。よしよし。」
そう云って顎だけを動かした。――管理人はもう次ぎを呼んでいた。
それだけ、それだけで終ってしまった。
健は身体中汗をグッショリかいていた。健は阿部と顔を合わせられなかった。カアーッと逆上《のぼ》せていた。――気おくれし[#「気おくれし」に傍点]た、意気地のない自分を、紙ッ片れか何かのように、思いッ切り踏みにじってしまいたかった。
「のべ源」はもう酔払って、眼を据えながら、誰か相手でも欲しそうに見廻わしていた。
「健ちゃ、健ちゃ、健ッたら!」
健は返事をしなかった。
「健よオ! 何そったら不景気な面してるんだ。」
健はだまったまま、暗い外へ出て行った。
[#改段]
五
土方
大陸的な太陽が、ムキ出しな地面をジリ、ジリ焼いて
前へ
次へ
全151ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング