ていた。――汽車の窓から見たり、色々な小説を読んだりして、何か牧歌的な、うっとりするような甘い、美しさで想像していたチョコレート色の藁屋根の百姓家! それが然しどうだろう。令嬢は二三軒小屋をのぞいてみた。――真暗な家の中からは、馬糞や藁の腐った匂いがムッと来た。暗がりから、ワア――ンと飛び上った金蠅の群が、いきなり令嬢の顔に豆粒のように、打ツかった。令嬢は「アッ!」と声をたてた。腹だけが大きくふくれて、眼のギョロッとした子供が、炉の中の灰《あく》を手づかみにして、口へ持って行っていた。上り端に喰いかけの茶碗と、塩鱒の残っている皿が置きッ放しになって居り、それに蠅が黒々と集《たか》っていた。隅ッこに、そのままに積み重ねてある夜具蒲団の上から、鶏がコクッ、コクッと四囲を見廻わしながら下りて来た。……管理人のところへ帰ってから、濡らしたハンカチを額にあて、令嬢はしばらく横になった。
 夜になると、「ランプ」がついた。令嬢は本当のランプを見るのが始めてだった。都会のまばゆい電燈になれた眼には暗い。まるで暗い。然しランプの醸し出す雰囲気は、始めて令嬢を喜ばせた。
「素敵だわ!」
 小樽や東京にい
前へ 次へ
全151ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング