も、三重にもハネられた。
 大地主は只《ロハ》のような金で、その金の割合の何十倍もの造田が出来た。造田さえされれば、「低利資金」位は小作料[#「小作料」に傍点]だけで、ドシドシ消却出来た。
 ――健にも分る。これだけのことを見ても、結局の背負いどころは誰か。――小作人と土方! それがハッキリ分る気がした。
「アッ!」誰か叫んだ。
 トロッコが土煙をたてながら、顛覆した。裏返えしになったトロッコの四つの車輪だけが、惰勢でガラガラと廻った。――乗っていた土方は土の下になってしまった。然し、誰もそれにかまっていない。――日雇いに行っている健達は思わず立ち止って、息を殺した。
「次のトロッコが矢張りな、見るに見兼ねて、少しグズグズしてたッけア、止っちゃいかん、止っちゃいかんッて、棒頭が怒鳴ってたど。」
 健達は今度S村附近に陸軍の演習があるので、その宿割を受けていた。
「兵隊さんだけには、白い飯《まま》食べさせなかったら、恥だからな。」
 母親に何度も、何度も云われて、稼ぎに出ていた。然し村から稼ぎに行っているものは、三日と続かなかった。途中でやめてしまった。
「ま、俺達途中でやめれるからええが、土方達はどうする……」
 帰り道は、身体中痛んだ。肩がはれ上って、ウミが出た。
「土方人間で無えべ。――土方と人間が喧嘩したって歌あるんだからな……。」
「佐々爺云ってたども、北海道の開拓はどうしたって土方ば使わねば出来ないんだってよ!」
「んだかな。」
「馬鹿云うもんでねえよ!」
 健はムカムカした。
「飯場さ入る時な、皆ば裸にしてよ、入口でヒー、フー、ミー、ヨーッで数えるんだ。――窓って窓は全部釘付けよ。」
 健は明日からもうやめた、と思った。――兵隊にだって、俺達と同じ黒飯を食わしたって構うもんか、要らない見栄なんてしない方がいいんだ、と思った。
 次の朝三時頃、表から仲間が呼んだ。
「俺アもうやめた。」
 行けば行けると思っていたのに、眼がさめると、身体が痛くて匍うことしか出来なくなっていた。
「何んだって※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」――母親がむっくり頭をあげた。
 健はもの[#「もの」に傍点]も云わずに又蒲団をかぶった。
「健――これ健ッ、もう二日我慢してけれ、な、もう二日!」
「続かない。身体|痛《え》たくて、痛たくて!」
 それっ切りだまった。耐え性なく、それに眠かった。
 母親は思い切り悪く、何時迄も枕もとでクドクド云っていた。それを、うるさい、うるさいと思ってききながら、何時の間にか又眠っていた。

     「ハッ、兵隊さんだな」

 裏の畑のそばで、由三が蹲んで、
「日本勝った、日本勝った、ロシア負けたア……」
「日本勝った、日本勝った、ロシア負けたア……」
 枝切れで蟻穴をつッついていた。
「赤蟻、露助。黒蟻、日本。――この野郎、日本蟻ばやッつける積りだな。こん畜生。こん畜生!」
 ムキになって、枝の切れッぱしで突ッつき出した。
「こら、こら、――こらッ!」
 遠くで銃声がした。由三はギクッと頭を挙げた。――続いて又銃声がした。由三は枝ッ切れを投げ捨てると、いきなり表へ駈け出した。眼をムキ出して駈け出した。
「ハッ、兵隊さんだな!」

     「何するだ、稲が、稲が※[#感嘆符二つ、1−8−75]」

 昼頃、宿割をきめる軍人と役場の人がやってきた。健達は「青年訓練所」から演習の見学のために、一日だけ参加しなければならなかった。――軍人と辛苦をともにして、如何《どん》な難事にも耐える精神を養うのだ、というのだ。危い、危い、健は然し今ではもう行く気がしていなかった。――云うことだけは立派だ。「難事に耐える!」だが、何んの難事に耐えるのか。「裏」を見ろ! いくら食えなくても、小作人はジッとしていなければならない、ということの演習ではないか!
 朝から、遠くで銃声がしていた。飛行機が高く晴れ上った空に、爆音をたてて飛んだ。向きの工合で、翼が銀色にギラギラッと光った。小作人達は所々に立ち止って、まぶしそうに額に手をかざして、空を見上げていた。――子供は夢中だった。
 健は由三にせがまれて、外へ出た。ジリ、ジリと暑かった。だまっていても、腋《わき》の下が気持悪くニヤニヤと汗ばんだ。由三は今ようやく出来かけている口笛を吹きながら、手にぶら下ったり、身体にからまって来たり、一人で燥いでいる。
 市街地に入ると、郵便局の前に毛並のそろった軍隊の馬が、つながっていた。小さい鞄を腰にさげた兵士が頼信紙に何か書いていた。
「ええ馬だな。――俺アの馬ど比らべてみれでア!」
 由三は馬の側を離れないで、前へ廻ったり、後へ廻ったり、蹲んで覗き込んだ。
「兄ちゃ、来年《らいしん》[#ルビの「らいしん」はママ]兵隊さ行けば、馬さ乗るんだべか
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