や工業から時代おくれになって、農村が首をしめられ、落ち込んで行くのは分りきったことだ。
「百姓|嫌《え》やになった。」――健は集ってきた友達に云った。
仕方がなくなると、紙に線をひいて、皆で軍人将棋をやった。――母親は、風呂敷のように皺ッぽい、たるんだ乳房を赤子の口にふくませながら、小さい切り窓から雨の外を、うつろに見ていた。こめかみを抑えて、「あ――あ、雨の音ば聞いてれば頭痛くなる。」
「S村の小作が、身欠鰊みたいに、ズラリ並んで首でもつる時来るべ。んだら見物《みもの》だ。」
然し誰も笑えもしない。
五、六人で傘をさして、近所の田を見に出た。誰かがついでに「蛇吉」に寄ってみようと云った。何とか話して置けば、工合がいいことがあるかも知れない。――ワザワザなら、誰がこったら管理人のどこさ来るッて、皆そう思っている。
吉本は坐ったまま障子をあけて、黄色ッぽくムクンだ大きな顔を出した。小作達だと分ると、瞬間イヤな顔をした。
「何んだな。」
(猫撫で声だぞ!)
「ハ、別に……。」
お客がいた。――H町の警察署長だった。健達はそれと分ると、理由なく尻ごみを感じた。然し吉本の方が何か周章てたように、
「用事か? 今こっち、一寸……。後で駄目かな。」
「イヤ、その、この雨だもんで、ハ、そのオ、田ば見てきました……。」
「ん――、今度のでは考えてる。――後にしてけれ。」
「あまり作がヒドイので、予め岸野さんの方へ、一つ……」
健が云いかけたのを、ウルサそうに、
「ん、ん、ん!」と抑えてしまった。「お前等の指図でやるんでないんだ。分ってる。」
警察署長と管理人!――何かあるな、健は帰りながら気になった。――S村では、まだ時々駐在所の巡査や校長へ、芋や大根や鶏を「初物《はつもの》」だと云うので、持ってゆく。所が[#「所が」に傍点]、その偉い旦那さん達が、裏では村の金持や有力者と、ちアんと結びついている。そんな事を、然し健がどんなに小作に話してやっても、分りッこがなかった。
夜になると、近しくしている小作が、よく二三人ずつ落ち合った。――「一人で家にいたら、気が馬鹿になる。」
「どうしたら、ええべな。」
「岸野さんどう出るかな……。」
不貞腐れて、時々酒に酔払ってくる小作も出来た。――辻褄の合わないことを、一人で恐ろしく雄弁にしゃべった。
「ああいうのば犬ッ
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