でも真面目な年輩の小作ばかりだった。それは意外だった。健は漠然と若い人達ばかりと思ってきたのだ。――然し、その人達を見ると、やっぱりこれが本当だと思わさった。太い、ガッシリした根が、眼には見えず農場の底深くに、しっかり据えられているのを感じた。
「作」のことが、やっぱり話に出ていた。
 吉本管理人は、いくら田を見せて頼んでも、決してそのまま岸野に知らせてやってはくれなかった。裏では、吉本を本名で呼ぶものはいない。「蛇吉《じゃきち》蛇吉」と云っている。管理人だから黙っているけれども、誰かに不幸があったとき、地主が小作人に送って寄こす「香奠」から頭を割った[#「頭を割った」に傍点]。自分ですっかり書き直して、それから小作のところへ香奠を持ってきた。道路や灌漑溝の修繕工事をすると云って、日雇賃を地主から出さして置いて、小作人を無償《ただ》で働かし、それをマンマと自分のものにしてしまった。小作料の更新をするぞ、とおどかして、「坪刈り」にやってくる。然し本当は嘘で、自分の家に何百羽と飼ってある鶏や鵞鳥や七面鳥のエサにするための口実でしかなかった。
 この「蛇吉」はH町のある料理屋の白首を妾同様にして通っていた。
「地主さんより上《う》ワ手《て》だ。――地主さんはそう悪くないんだ。吉本よ、あの蛇吉よ!」
 小作人のうちではそう云っている。
「あれアダニ[#「ダニ」に傍点]だよ。」
「口の二つあるダニ[#「ダニ」に傍点]だ。」――健は自分で赤くなって云った。「一つで地主の血ばとって、もう一つで小作から吸うんだ。」
「ん。」
「地主からなら吸う血があるべども……」
 健が云いかけると、みんな云わせないで、「それさ。そこさ。それが大切などこさ。」――伴がガラガラな大声をたてた。
「何かあったら、彼奴ば一番先きにヤルんだ。」

     「血書」

「健ちゃ、徴兵よかったな。大した儲けだな。」――近所の小作だった。紙縒《こより》を煙管の中に通していた。「石山の信ちゃとられたものな。」
「ん、ん。可哀相なことした。」
「ところが、信ちゃ喜んでるんだとよ。――兵隊さ行ったら、毎日芋と南瓜ばかり食ってなくてもええべし、仕事だってこの百姓仕事より辛い筈もなし、んだら一層のこと行った方がええべッて……。」
「まさか……。」
「んでもよ、働き手ば抜かれてしまうべ、行《え》けるんだら親子みんなで[#
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