供達が、四五人追いかけていた。のろくなると、皆は鈴なりに後へブラ下ってしまった。――自動車は農場の入口の管理人の家の前で、ガソリンの匂いをはいて、とまった。
 袖を軽く抑えて、着物の前をつまみ、もの慣れた身腰で、ひらりと奥様が降り立った。
「まア、とてもひどい自動車なこと!」――上品に眉だけをひそめた。
 続いて、一文字を手にして、当の主人が白絣に絽の羽織で、高い背をあらわした。その後からクリーム色の洋装した令嬢が降りた。後の自動車には、出迎えに行った村長、校長、管理人、それにH町の警察署長が乗っていた。
 小作達は思い、思いに腰をかがめて挨拶した。
「ハ、まア、よオく御無事様で……」
 佐々爺は手拭で顔をゴシゴシこすりながら、何べんも頭を下げた。もう身体中酒でプンプン匂っていた。人集りに出るときは、佐々爺は何時でも酒をやらないと、もの[#「もの」に傍点]が云えない癖があった。
「お前達も達者で何よりだ。――ま、一生ケン命やってくれ。」
 皆は一言、一言に小腰をかがめた。佐々爺は、小さい赭《あか》ら顔を握り拳のようにクシャ、クシャにしながら追従笑いをした。
「本当に、ご苦労ね。」
 奥様は広々とした田を見渡すと、軽く息を吸い込んだ。
 小作の女房や娘達は、ただ奥様と令嬢だけに見とれていた。後にゾロゾロついて行きながら、着ているもの[#「もの」に傍点]が何かお互いに云い合った。が、北海道の奥地にいる小作の女達には、見たことも、触ったこともないものだった。柄のことでも同じだった。古くさい、ボロボロな婦人雑誌の写真でだけしか、そういう人のことは知っていなかった。――然し、何より「自分達の奥様」がこんなに立派な人だということが、皆の肩幅を広くさせた。
「馬鹿、お前からして見とれる奴があるか!」
 伴が自分の女房の後を突いた。
 岸野は畔道にしゃがんで、
「どうだい、今年は?」と、稲の穂をいじりながら、吉本管理人にきいた。――昔の地主などとちがって、岸野は田畑の事には縁が遠く、ただ年幾らの小作料が手に入るしか知っていなかった。
「ええまア並です。二番草の頃は、とてもよかったんですが、今月の始め頃にかけて虫が出ましてね。殊に去年は全部駄目と来ているから、今年はどんなに良くても小作はつらいんです。――余程疲弊してるんで……。」
「ん……で、どうだい様子[#「様子」に傍点]は……?
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