女が誰かに、くすぐられてでもいるらしく、息をつめてクックッと笑いこけているのが聞えた。が、二人の足音で、それがピタリとやんだ。草を掻き分ける音が続いた。
「な、節ちゃ。――此頃こんなに皆フザけてるんに、警察でなんで黙ってるか知ってるか。」
 外の人は何故こう面白そうにして、夜会うんだろう。――それを今見せつけられて、節はこみ上ってくる感情を覚えた。
「地主の連中があまり厳しくしないでけれッて云ってあるんだとよ。」
 無感動な男《ひと》だ、何を考えてるんだろう!――節は聞いていなかった。
「活動もあるわけでなし、そば[#「そば」に傍点]屋もなしよ、遊場もねえべ、んだから若い者が可哀相だんだとよ、どうだ?」――そう云って、自分でムフフフフフと笑った。「有難い地主さんだな……」
「ところがな、阿部さんが云うんだ。――阿部さんッてば、お前すぐ嫌な顔すべ。――阿部さんが小樽の工場にいた時なんて、工場の隅ッこさ落ちてる糸屑一本持って外さ出ても、首になったりしたもんだどもな、女工さんの腹ば手当り次第に大《で》ッかくして歩いても、そんだら黙ってるんだとよ。」
「まさか?……」
「だまって聞け。――それがな、こういう理由《わけ》だんだと。そんなのを禁ずればな、お互い気が荒くなっ……」みんな云わせないうちに、節がプッと吹き出してしまった。
「この糞ッたれ!」
 健はそのまま口をつむんだ。然しすぐ又口を開いた。′
「な、仕事が苦しいべ、んだから何んかすれば直ぐ労働組合にひッかかって行くんだ。そうさせないためにするんだ――。」
「まアまア考えたもんだね。――んだら、わざわざ管理人さん達の肝入で出来た処女会[#「処女会」に傍点]はどうなるの?」
 健は後向きになって、急に大きな声を出した。
「そうさ、裏が裏だから、表だけは立派にして置ぐのさ。やれ節婦だ、孝子だッておだてあげて、――抑えて置くのよ。そこア、うまいもんよ。」
「分らないわ。」
 停車場のあるH町から通っている幌のガクガクした古自動車が、青白いヘッドライトを触角のように長く振りながら、一直線に村道から市街地に入ってきた。入口から、お客を呼ぶための警笛を続け様にならした。それが静かな市街地全体に響き渡った。――※[#「┐<△」、屋号を示す記号、274−上−16]の雑貨店から、ガラガラと戸を開けて周章てて誰か表へ飛び出した。
 二人は
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