抑えられたように静かになった。が、すぐ、ガヤガヤが返ってきた。――子供達は肩章の星の数や剣について、しゃべり出した。口争いを始めた。――百姓は、たまに軍人が通ると、田の仕事を忘れて、何時迄も見送っていた。兵隊のことになると、子供と同じだった。
「農村に於ける軍人的精神」――それが渡辺大尉の演題だった。軍隊に於ける厳格なる秩序、正しい規律、服従関係を色々な引例をもって説明し、これこそが外国から決して辱かしめられた事のない日本の強大な兵力を作って居るものであり、そしてこの精神は、ひとり軍隊内ばかりでなく、広く農村にも浸潤されなければならない。殊に外来悪思想がややもすれば前途ある青年を捉え、この尊い社会秩序を破壊せんとするに於ては、益※[#二の字点、1−2−22]健全なる軍人精神が、実に農村に於てこそ要求されなければならないのである。――そういう意味のことを云った。
武田達は終るのを今か、今かと待っていて、さきがけをして拍手をした。
「阿部さん。」
後から小作が声をかけた。――「外来何んとか思想だかって、あれ何んですかいな。さっきから、どの方も、どの方も仰言るんですけれどねえ。」
「さあ……」阿部は一寸考えていた。「この村にそんなもの無えんでしょう……。」
それから別のことのように、笑談らしく、「んでも、あんまり小作料ば負けてけれ、負けてけれッて云えば、地主様の方で怒って、過激思想にかぶれているなんて、云うかも知れないね。」――云ってしまってから、口のなかだけで笑った。
武田は又上ると、会の性質、目的、入会条件、事業等について説明した。余興に入り、薩摩琵琶、落語、小樽新聞から派遣された年のとった記者の修養講話――「一日講」――があり、――そして、「酒」が出ることになった。
「馬鹿に待たせやがったもんだ。」
「犬でもあるまいし、な!」
胃の腑の中に、熱燗の酒がジリジリとしみこんで行くことを考えると、日焼けした百姓ののど[#「のど」に傍点]がガツガツした。――誰でもそう酒に「ありつけ」なかった。
「今日は若い女手は無えんだと。」
「んとか?」
「又、良《え》え振りして、武田のしたごッだべ!」
それでも、女房達や胸に花をつけた役員などが、酒をもって入って来ると、急に陽気になった。
武田が股梯子をもって来て、皆から見える高いところへビラを張りつけた。
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