小作は毎日毎日の飯米にさえ困った。納屋には米俵がつまさっている。何十俵も積まさっている。何十俵という米俵が積まさっていて、そして飯が食えなかった。
「少しでも手をつけると罪人だぞ。」
巡査が時々廻ってきた。まるで岸野から言伝《ことづか》って来たようだった。――小作人は「罪人」と云われると、背中がゾッとした。
H町からの帰り、母親と由三が薄暗くなったのを幸いに、所々の他人《ひと》の畑から芋や唐黍を盗んできた。――前掛けの端を離すと、芋、唐黍、大根が一度に板の間にゴトンゴトンと落ちた。
「兄ちゃさも、恵にも云うんでねえど!」
家のなかに上ると、母親はさすがにグッたりした。――とうとう泥棒をしてしまった、と思った。
「……んでも泥棒させるのは、岸野さんだ。……ええワ、ええワ!――何アに……。」
横坐りになると、そのまま何時迄もボンヤリした。
「母、俺ら学校の帰り何時でも取ってくるか?――由何んぼでも、見付からないように盗《と》れるワ。」
「馬鹿!」――母親はいきなり叱りつけた。
食えなくなった小作達は、だまっていても、伴のところへ代る代る集ってきた。小作調停のことは、それで思ったより早く纏った。
武田と佐々爺は「何んとか外にないか」「何んとかなア……」と云っていた。
伴外一名が代表になって村長へ「口頭」で、小作調停裁判を申請した。村長は「遅滞なく」そのことを旭川地方裁判所へ提出した。それが「受理」されると同時に、小作米の差押えが解除された。――小作人はどうかした拍子に「かなしばり」がとけた時のような身軽さを感じた。――「やれ、やれ。」
小作米は直ぐH町の「農業倉庫」に預け入りして、「倉荷証券」にした。それは何時でも現金にすることが出来るようになった。
「小作官」
道庁から「小作官」がやってきた。黒の折鞄を抱えた左肩を少し上げて、それだけを振って歩いた。伴の家へ上ると、茣蓙敷のホコリとズボンの膝を気にした。窮屈に坐った。話をききながら、「朝日」を吸った。――何本も何本も続けて吸う、しばらくもしないうちに、白墨の杭のように、炉の灰の中に殻が突きささった。
阿部が伴に代って、初めから順序をつけて詳しく話した。
「ム――、それア、岸野さんにチィ――ト無理なところがあるね。」
「何がチィ――トだい!」
帰ってから、伴が小作官の真似をして、皆を笑わ
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