「これで俺も安心した。俺の後取りが出来たのだから、卑怯な真似までして此処を出たいなど考えなくてもよくなったからなア!」
 と云った。それから一寸間を置いて何気ない風に笑い乍ら、
「――そうすればお前の役目も大きくなるワケだ……。」
 と云った。
 お君は涙が一杯に溢れてくるのを感じながら、ジッとこらえてうなずいて見せた。――赤ん坊は何にも知らずに、くたびれた手足をバタ/\させながら、あーあ、あーあ、あ、あ……あと声を立てゝいた。
「うまい乳を一杯のませて、ウンと丈夫に育てゝくれ!……はゝゝゝゝ、首を切られたんじゃうまい乳も出ないか。」
 お君は刑務所からの帰りに、何度も何度も考えた――うまい乳が出なかったら、よろしい! 彼奴等に対する「憎悪」でこの赤ん坊を育て上げてやるんだ、と。
 お君が首になったというので、メリヤス工場の若い職工たちは寄々協議をしていた。お君の夫がこの工場から抜かれて行ってから、工場主は恐いものがいなくなったので、勝手なことを職工達に押しつけようとしていた。首切り、それはもはやお君一人のことではなかった。――お君は面会に行った帰りに、皆の集まっている所へ行って、
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