は此処へ来てから、そのことを、小さい妹の仮名交りの、でかい揃わない字の手紙で読んだ。俺はそれを読んでから、長い間声をたてずに泣いていた。
 俺には、身体の小さい母親が、ちょこなんと坐って、帯の間に手をさしはさんでいる姿が目に見える。それが、何時でも心配事のあるときの、母の恰好だったからである。

     プロレタリアの旗日

 コツ、コツ、コツ………………。
 隣りの独房から壁をたゝいてくる。
 コツ、コツ、コツ………………。
 こっちからも直ぐたゝきかえしてやる。
 隣り同志の壁のたゝき方は色々に変った。それはみんな我々の歌の拍子になっていた。俺ときたら「インターナショナル」でさえ、あやふやにしか知っていないので困った。相手のたゝいて寄《よこ》す歌が分ると、そのしるし[#「しるし」に傍点]に、こっちからも同じ調子で打ちかえしてやる。隣りはその間、自分のをやめて聞いているのだ。そして俺のが終ると、
 ドン、ドン、ドン………………。
 と打ってよこす。――これで二人の同志の意志が完全に結ばれるんだ。
 毎日々々が同じな、長い/\退屈な独房で、この仕草の繰り返えしは一日の行事のうちで、却
前へ 次へ
全40ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング