文珠菩薩
守本尊
[#ここで字下げ終わり]
 金と朱で書いた「お守」だった。
 マルキストにお守では、どうにもおさまりがつかない、俺は独りでテレ[#「テレ」に傍点]てしまった。
 中を開けてみると「文珠菩薩真言」として、朝鮮文字のような字体で、「オン、ア、ラ、ハ、シャ、ナウ」と書かれている。
「オン、ア、ラ、ハ………………。」
 俺は二三度その文句を口の中で繰りかえしている。
 却々スラ/\と云えない。然しそれを繰りかえしているうちに、俺は久し振りで長い間会わないこの愚かな母親の心に、シミ/″\と触れることが出来た。
 俺たちはどんなことがあろうと、泣いてはいけないそうだ。どんな女がいようと、惚《ほ》れてはならないそうだ。月を見ても、もの想いにふけってはいけないそうだ。母親のことを考えて、メソメソしてもならないそうだ――人はそう云う。だが、この母親は俺がこういう処に入っているとは知らずに、俺の好きな西瓜《すいか》を買っておいて、今日は帰ってくる、そしてその日帰って来ないと、明日は帰ってくると云って、たべたがる弟や妹にも手をつけさせないで、終《しま》いにはそれを腐らせてしまったそうだ。俺
前へ 次へ
全40ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング