、転々と住所をかえた。これ等のことが分らずにいて、長いうちにはウンとこたえていた。――それで、警察に六十日居り、それから刑務所と廻ってくるうちに、俺は自分の四肢がスンなりと肥えてゆくのを感じた。俺の場合[#「俺の場合」に傍点]、それは運動不足からくるむくみ[#「むくみ」に傍点]でも何んでもなく、はじめて身体が当り前にかえって行くこの上もない健康からだった。
 俺だちの仲間は、今でも刑務所へ行くことを「別荘行」と云っている。ドンな場合でも決して屈することのないプロレタリアの剛毅《ごうき》さからくる朗《ほがら》かさが、その言葉のうちに含まさっているわけだ。然し、そればかしでなしに、俺だちにとっては本来の意味――いわばブルジョワ的な「休息」という意味でも、此処は別荘であるということを、俺は発見した。俺だちは、だから此処で、出て行く迄に新しい精気と強い身体を作っておかなければならないのだ。
 だが、さすがにこの赤色別荘は、一銭の費用もかゝらないし、喜楽的などころか、毎日々々が鉄の如き規律のもとに過ぎてゆくのだ――然し、それは如何にも俺だちにふさわしいので、面白いと思っている。
「さ、これから赤
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