ほこり」に傍点]をかぶっている、広い葉を持った名の知れない草を見ていた。四方の建物が高いので、サン/\とふり注いでいる真昼の光が、それにはとゞいていない。それは別に奇妙な草でも何んでもなかったが――自分でも分らずに、それだけを見ていたことが、今でも妙に印象に残っている。理窟がなく、こんなことがよくあるものかも知れない。
俺は今朝Nが警察の出がけに持ってきてくれたトマトとマンジュウの包みをあけたが、しばらくうつろ[#「うつろ」に傍点]な気持で、膝の上に置いたきりにしていた。
控室には俺の外にコソ[#「コソ」に傍点]泥《どろ》ていの髯《ひげ》をボウ/\とのばした厚い唇の男が、巡査に附き添われて検事の調べを待っていた。俺は腹が減っているようで、食ってみると然しマンジュウは三つといかなかった。それで残りをその男にやった。「髯」は見ている間に、ムシャムシャと食ってしまった。そして今度はトマトを食っている俺の口元をだまって見つめていた。俺はその男に不思議な圧迫を感じた。どたん場へくると、俺はこの男よりも出来て[#「出来て」に傍点]いないのかと、その時思った。
自動車は昼頃やってきた。俺は窓という窓に鉄棒を張った「護送自動車」を想像していた。ところが、クリーム色に塗ったナッシュという自動車のオープンで、それはふさわしくなくハイカラなものだった。俺は両側を二人の特高に挾《は》さまれて、クッションに腰を下した。これは、だが、これまでゞ何百人の同志を運んだ車だろう。俺は自分の身のまわりを見、天井を見、スプリングを揺すってみた。
六十日目に始めてみる街、そしてこれから少なくとも二年間は見ることのない街、――俺は自動車の両側から、どんなものでも一つ残らず見ておかなければならないと思った。
麹町何丁目――四谷見付――塩町――そして新宿……。その日は土曜日で、新宿は人が出ていた。俺はその雑踏の無数の顔のなかゝら、誰か仲間のものが一人でも歩いていないかと、探がした。だが、自動車はゴー、ゴーと響きかえるガードの下をくゞって、もはや淀橋へ出て行っていた。
前から来るのを、のんびりと待ち合せてゴトン/\と動く、あの毎日のように乗ったことのある西武電車を、自動車はせッかちにドン/\追い越した。風が頬の両側へ、音をたてゝ吹きわけて行った、その辺は皆見慣れた街並だった。
N駅に出る狭い道を曲が
前へ
次へ
全20ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング