沁みるような深さで感ぜられる。隣りの同志は「全協」だろうか、P(無新)の人だろうか、Y(無産青年)だろうか、それとも党員だろうか……?――秋深く隣は何をする人ぞ。
 扉が突然ガチャン/\と開いた。
「どっこいしょ!」
 蒲団をかづいできた雑役が、それをのしん[#「のしん」に傍点]と入口に投げ出した。汗をふきながら、
「こんな厚い、重たい蒲団って始めてだ。親ッてこんな不孝ものにも、矢張りこんなに厚い蒲団を送って寄こすものかなア。」
 俺はだまっていた。
 独りになって、それを隅の方に積み重ねながら、本当にそれがゴワ/\していて重く、厚くて、とてつもなく巾が広いことを知った。
 その後、俺は外《そと》の人に「夜、蒲団があまり重くて寝苦しい時には、この重さが一体何んの重さであるか位は考えてみないわけでもない。」そんなセンチメンタルなことを書いたことがあった。
 蒲団と一緒に、袷《あわせ》が入ってきた。
 二三日して、寒くなったので着物をき換えたとき、袂に何か入っているらしいので、オヤと思って手探ぐりにすると、小さいカードのようなものが出てきた。
[#ここから5字下げ、罫囲み]
卯の歳
   文珠菩薩
守本尊
[#ここで字下げ終わり]
 金と朱で書いた「お守」だった。
 マルキストにお守では、どうにもおさまりがつかない、俺は独りでテレ[#「テレ」に傍点]てしまった。
 中を開けてみると「文珠菩薩真言」として、朝鮮文字のような字体で、「オン、ア、ラ、ハ、シャ、ナウ」と書かれている。
「オン、ア、ラ、ハ………………。」
 俺は二三度その文句を口の中で繰りかえしている。
 却々スラ/\と云えない。然しそれを繰りかえしているうちに、俺は久し振りで長い間会わないこの愚かな母親の心に、シミ/″\と触れることが出来た。
 俺たちはどんなことがあろうと、泣いてはいけないそうだ。どんな女がいようと、惚《ほ》れてはならないそうだ。月を見ても、もの想いにふけってはいけないそうだ。母親のことを考えて、メソメソしてもならないそうだ――人はそう云う。だが、この母親は俺がこういう処に入っているとは知らずに、俺の好きな西瓜《すいか》を買っておいて、今日は帰ってくる、そしてその日帰って来ないと、明日は帰ってくると云って、たべたがる弟や妹にも手をつけさせないで、終《しま》いにはそれを腐らせてしまったそうだ。俺
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