ら彼奴等の裏をかいて、同じ地区にいるのも悪くないと思った。嘗《か》つてこんな事がある。今ロシアに行っている同志のことであるが、その同志は他の同志が江東方面で活動している時は反対の城西方面に出没しているという噂《うわ》さを立てさせる戦術をとっているという話を聞くと、そいつは拙《まず》い、俺ならば江東にいる時には、かえって江東にいるという噂さを立てさせると云ったそうだ。私はこの地区ではまだ具体的にはスパイに顔を知られていなかった、それに工場もやめたので経済的な根拠から同じ地区に下宿を決めることにした。
 下宿はどっちかと云《い》えば、小商人の二階などが良かった。殊《こと》にそれが老人夫婦であれば尚《なお》よかった。その人たちは私たちの仕事に縁遠いし、二階の人の行動には、その理解に限度がある。なまじっか知識階級の家などは、出入や室の中を一眼見ただけでも、其処《そこ》に「世の常の人」らしからぬ空気を敏感に感じてしまうからである。然し、警察どもは小商人などのところへは度々《たびたび》戸籍調らべにやって来て、無遠慮な調らべ方をして行く代りに、門構でもあるような家には二度のところを一度にし、それもた
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