一段落付いたから。」
私は立ち上がって、あくびをした。
蒲団《ふとん》は一枚しか無かった。それで私は彼女が掛蒲団《かけぶとん》だけを私へ寄こすというのを無理に断って、丹前だけで横になった。電燈を消してから、女は室の隅の方へ行って、そこで寝巻に着換るらしかった。
私は今迄(自分の家を飛び出してから)色々な処を転々として歩いたので、こういう寝方には慣れていたし、直ぐ眠れた。然し女のところは初めてだった。さすがに寝つきが悪かった。私はウトウトすると夢を見て直《す》ぐ眼をさました。それが何べんも続いた。見る夢と云えば、追いかけられている夢ばかりだった。夢では大抵そうであるように、仲々思うように逃げられない。そして気だけが焦る。あ、あっ、あっ、あ、あ……と思うと、そこで眼が覚めた。ジッとしていると、頭の片方だけがズキン、ズキンと鈍くうずいた。私は殆んど寝たような気がしなかった。そして何べんも寝がえりを打った。――然し笠原は朝までたゞの一度も寝がえりを打たなかったし、少しでも身体を動かす音をさせなかったのである。私は、女が最初から朝まで寝ない心積《つも》りでいたことをハッキリとさとった。
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