はたった一人の労働者を雇うのにも厳重な調査をし、身元保証人をきめた上でなければ駄目だった。が、戦争が始まってからは、それをやっていることが出来なくなった。私たちはその機会をねらった。勿論《もちろん》この場合雇い入れるとしても、それは「臨時工」だし、それに国家「非常時」ということを名目としてドシ/\臨時工を使うことは、結局は労働者全体(工場から見れば本工《ほんこう》を雇うときに)の賃銀を引き下げるのに役立つのである。だが彼奴等は自分たちの利害のこの両方の板挟《いたばさ》みにあって、黒い着物を頭から引ッかぶって見張りをしなければならないような馬鹿げた恥知らずの真似《まね》に出でざるを得ないのである。
黒い着物はどうでもよかったが、私には待ち伏せしている背広だった。私の写真は各警察に廻っている。私は勿論《もちろん》顔の形を変えてはいるが油断はならなかった。十三年前に写した写真が警察にあったゝめに、一度も実際の人物を見たこともないスパイに捕まった同志がある。仲間のあるものは、私に全然「潜《も》ぐる」ことをすゝめる。勿論それに越したことはないが、今迄の経験によると、工場の外にいてその組織を進め
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