うたいながら、ウェーターを注意しいしい、それをポケットへねじ込んだ。彼は、そして、
「君の方からヒゲ[#「ヒゲ」に傍点](と云って、鼻の下を抑えて見せて、)につか[#「つか」に傍点]ないかな?」と訊《き》いた。
 私は工場の帰り須山から聞いたことを話した。Sはワザと鼻歌をクンクンさせながら、しかし眼に注意を集めて聞いていた。それが癖だった。
「僕の方も昨日六時にあったが切れたんだ。」
 私はそれを聞くと、胸騒ぎがした。
「やられたんだろうか……?」
と私は云った。が実は、いや大丈夫だと云われたいことを予想していた。
「ふむ、――」
 Sは考えていたが、「用心深い奴だったからな。」と云った。
 私達はどっちからでもヒゲ[#「ヒゲ」に傍点]につく方からつけることにし、それから次の朝のビラ持ち込みの打ち合わせをして別れた。

 九時、須山に会うと、私はその顔色を見ただけで分った。然《しか》しそれでもまだ全部が絶望だというわけではなかった。須山とも出来るだけの方法をつくして、ヒゲの調査をすることにした。そして直ぐ別れた。
 私達は自分のアジト附近での連絡でなかったら、九時半過ぎには一切の用事を
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