いたので、彼は出ていた。危くなったが、同時に職場の中で或《あ》る程度のことを公然と云える自由を得たし、みんなの信用が出て来ていた。
月末が近づいた。会社はこの三十日か三十一日に首切りをやるらしかった。本工に直すと云っても、まだそれが少しも具体化していないので、皆はようやく疑いをかけてきた。「マスク」で、このやり方がギマンであって、それによって一方では仕事の能率を高め、他方ではみんなの反抗を押しとゞめるためであることを書いたが、その意味がジカに分りかけていた。臨時工が重なので、首切りが発表されてからでは団結力が落ちる。この二三日に事を決めなければならなかった。
私たちはビラやニュースで、戦争に反対しなければならないことをアッピールしてきたが、彼等が一度その首切りのことで立ち上ったら、それはレーニンの言い草ではないが、何故戦争に反抗しなければならないかを「お伽噺《とぎばなし》のような速さで」教える。殊《こと》に軍器を作っている工場であるだけ、ハッキリと意識的な闘争が出来るのだ。――まず事を起さなければならぬ。
私は最後の肚《はら》をきめた。
それは伊藤や須山の影響下のメンバー、新し
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