堪えられない何んとも云えない、胸苦しさを、感じはしたが。――だが、勿論私はまだ本当の困難に鍛錬されてはいない。須山とちがった切抜《スクラップ》の好きなSは、私の「廿四時間の政治生活」というのに対して、「一日を廿八時間に働いても疲れを知らないタイプ」に自分を鍛えなければ駄目だと云っている。
 一日を廿八時間に働くということが、私には始めよくは分らなかったが、然し一日に十二三回も連絡を取らなければならないようになった時、私はその意味を諒解《りょうかい》した。――個人的な生活が同時に階級的生活であるような生活、私はそれに少しでも近附けたら本望である。
 倉田工業は、臨時工の若干を本工に直すかも知れないという噂《うわ》さで、最後のピッチを挙げていた。私たちはそれにそなえるために、細胞の再編成をやることにした。須山のグループ(影響下)から一人、それは若い本工だった、それから伊藤のグループから二人、そのうち一人は本工、一人は臨時工だった、この三人を新しく細胞に推薦することにして、「履歴」を取った。私はそれを「オル」に持って行き、承認を得た。そして各細胞に対しては職場内での責任を明確に分担して背負わ
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