愛嬌《あいきょう》のある、憎めないたちの男だったので、私はその度に苦笑した。が、今は時期が時期だし、私は強《き》つい顔を見せたのである。それに今日これから新しいメンバーを誘って何処《どこ》かの「しるこ屋」に寄る予定にもなっていた……。が、フト見ると、ひょウきんな何時《いつ》もの須山の顔ではない。私はその時私たちのような仕事をしているものゝみが持っているあの「予感」を突嗟《とっさ》に感じて、――「あ直《す》ぐだ」と云って、ザブ/\と顔を洗った。
 相手にそれと分ったと思うと須山は急に調子を変えて、「キリンでゞも一杯やるか」と後から云った。が、それには一応\何時《いつ》もの須山らしい調子があるようで、しかし如何《いか》にも取ってつけた只《ただ》ならぬさがあった。それが直接《じか》に分った。
 外へ出ると、さすがに須山は私より五六間先きを歩いた。工場から電車路に出るところは、片方が省線の堤で他方が商店の屋並に狭《せば》められて、細い道だった。その二本目の電柱に、背広が立って、こっちを見ていた。見ているような見ていないようなイヤな見方だ。私は直《す》ぐ後から来る五六人と肩をならべて話しながら、
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