云う。
私は、道理で、と思った。
レポは中で頼まれたと云って、不良が持ってきた。倉田工業から電車路に出ると、その一帯は「色街《いろまち》」になっていた。電車路を挟んで両側の小道には円窓を持った待合が並んでいる。夜になると夜店が立って、にぎわった。そしてその辺一帯を「何々」組の何々というようなグレ[#「グレ」に傍点]《不良》が横行していた。ところが「フウテンのゴロ」というのが脅迫罪でN署に引っ張られたとき、檻房《かんぼう》で偶然太田と一緒になった。それでフウテンのゴロが出て来るときに、彼は私たちの知っているTのところへレポを頼んだのである。
それによると、私が非常に追及されていること、ロイド眼鏡《めがね》をかけていることさえも知られていること、それからあんな奴は少し金さえかければ直ぐ捕まえる事が出来ると云っているから充分に注意して欲しいとあった。それを聞いて私は、
「反対に、太田が何もかもしゃべったから、俺が追及されているんだ。」
と云った。
「そうだよ、君がロイドの眼鏡をかけているかいないかは、パイの奴が君だと分って君と顔をつき合わせない以上分らないことじゃないか――」
と、須山も笑った。
それで私達は太田のレポは自分のやったことを合理化するために書かれているということになった。そんなことよりも、私達は太田が警察でどういうことを、どの程度まで陳述しているかということが知りたいのだ。それによって、私達は即刻にも対策をたてなければならぬではないか。私は、太田はこのようではキット早く出てくるが、こういう態度の奴は一番気をつけなければならぬ、と思った。
然し工場では、働いているところから太田が引張られただけ、それは尠《すく》なからず衝動を与えた。今迄ビラを入れてくれていた人はあの人であったのか、という親しい感動を皆に与えた。しかも、事ある毎にオヤジから「虎《とら》」(ウルトラという意味)だとか、「国賊」だとか云われていた恐ろしい「共産党」が太田であり、それは又自分たちには見えない遠い処の存在だと思っていたのに、毎日一緒にパラシュートの布にアイロンをかけて働いていた太田であることが分ると、皆はその意外さに吃驚《びっくり》した。「太田さんは何時でも妾《わたし》達のことばかり考えてくれて、それで引張られて行った人だから、工場の有志ということにして、何んか警察に差入れし
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