気付くと私は直ぐ須山のことを考えていた。だが、そんなに須山のことに立ち停《どま》っていることはよくないことなのだ。須山にしても、自分たちの置かれている情勢をハッキリと見ていれば、このことを一つの必然として、而かも不可欠のものとして理解することが出来る筈なのだ。そこに別の道或いは除けて通れる道が一つもなく、しかもプロレタリアートの解放のためにはどうしてもその道を通らなければならないとすれば、私たちはそこから何か仕事以外のもの、例えばこんな事をすることが「残酷なこと」ではないだろうかとか、又は「同情に堪えないこと」ではないだろうかとか、凡《およ》そそんなことが引き出せるわけがないのだ。
だが、会合の場所に行くまで、私の頭にあの突拍子もない切抜帳《スクラップ》で私たちを笑わせる須山の顔が来て困った。
場所は今まで三度位使ったことのある須山の昔の遊び(飲み)友達の家だった。足元の見えない土間で下駄を脱ぎ、それを懐に入れて、二階に上がって行くと、斜めに光が落ちて来て、須山の顔がのぞいた。
伊藤は壁に倚《よ》りかゝって、横坐りに足をのばし、それを自分でもん[#「もん」に傍点]でいた。私が入って行くと、後れ毛を掻《か》き上げるようにして、下からチラと見た。私は「この前は!」と云った。彼女はそれには別に答えなかった。工場のオルグをやると、どうしても白粉ッ気が多くなるが、細胞の会合のときに伊藤は今まで一度も白粉気のある顔をしてきたことがなかった、又その必要もなかったので。フト見ると、ところが伊藤は今迄になく綺麗《きれい》な顔をしていた。
「同志伊藤は今男の本工を一人オルグしてのお帰りなんで――」
と、須山は又すぐ茶目て、伊藤の顔を指さした。
そんな時は何時もの伊藤で、黙っていた。が、彼女は何故《なぜ》か私の顔をその時見た。
会が始まってから、私は何時もやることになっている須山の報告に特に注意した。彼はこの前の細胞会議の決定にもとづいて、職場々々に集会を持たせるように手配したが、工場の様子を見ていると、ここ二三日が決定的瞬間らしく、そのためには今至急何んとか[#「何んとか」に傍点]しなければならないと云った。
伊藤はそれにつけ加えて、前に私に報告してある馘首《かくしゅ》がこの三十一日と見せかけて実は二十九日にやるらしいこと、パラシュートやマスクの引受高から胸算してみると、
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