が出来る。だから私は自分の犠牲も、この幾百万という大きな犠牲を解放するための不可欠な犠牲であると考えている。
だが、笠原にはそのことが矢張り身に沁《し》みて分らなかったし、それに悪いことには何もかも「私の犠牲」という風に考えていたのだ。「あなたは偉い人だから、私のような馬鹿が犠牲になるのは当り前だ!」――然し私は全部の個人生活というものを持たない「私」である。とすればその「私」の犠牲になるということは何を意味するか、ハッキリしたことだ。私の組織の一メンバーであり、組織を守り、我々の仕事、それは全プロレタリアートの解放の仕事であるが、それを飽《あ》く迄《まで》も行って行くように義務づけられている。その意味で、私は私を最も貴重にしなければならないのだ。私が偉いからでも、私が英雄だからでもない。――個人生活しか知らない笠原は、だから他人《ひと》をも個人的尺度でしか理解出来ない。
私はこのことをよく笠原に話した、彼女は黙ってきいていた。が、その日はそれから一言も云わずに、彼女は早く寝てしまった。
七
夜、「マスク」の原稿を書いたり、地方の「オル」に出す報告を整理したり、それに配布の方から廻ってきて、少し停滞しているパンフレットや資料を読んで遅くなったので、次の朝十時頃まで寝ていた。――私は、下に誰か訪ねてきたりするのには、自分でも驚くほど敏感だった。私はそれで「ハッ!」として眼がさめたらしい。頭をあげると、矢張り巡査だった。戸籍しらべに来ている。私はこういう時に自分が引張り出されないようにと、前から原籍や氏名などを書いて、おばさんに渡してあった。巡査は細々と、しつこく訊《き》いていた。おばさん一家のことも、まるで犯罪でも調らべるようにきいている。これはどうも様子がおかしいなという予感が来た。私は耳をすましながら、書類の入っているトランクに鍵を下ろして、音がしないように着換をはじめた。――「間借は?」ときいている。「ハ、居ます。」……おばさんは茶の間に戻ってきて、私の書いた紙片を渡したらしい。
「これにはこの前にいたところが書いてないね。」……「夫婦かね?」とか、「何時籍が入ったのか、それとも籍が入ってないのかも、これじゃハッキリしていない。」おばさんが何か云っている。「夫の方は勤めてないのか?」……「今、居るの?」――私は来たな、と思った。「今出ています。」おばさ
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