道端にしゃがんで、顔を覆ってしまった。妹は吃驚《びっくり》した。何べんもゆすったが、母親はそのまゝにしていた。
「お母ッちや、お母ッちゃてば!」
 汽車に乗って遥々と出てきたのだが、然し母親が考えていたよりも以上に、監獄のコンクリートの塀が厚くて、高かった。それは母親の気をテン[#「テン」に傍点]倒させるに充分だった。しかもその中で、あの親孝行ものゝ健吉が「赤い」着物をきて、高い小さい鉄棒のはまった窓を見上げているのかと思うと、急に何かゞ胸にきた。――母親は貧血を起していた。
「ま、ま、何んてこの塀! とッても健と会えなくなった……」
 仕方なくお安だけが面会に出掛けて行った。しばらくしてお安が涙でかた[#「かた」に傍点]のついた汚い顔をして、見知らない都会風の女の人と一緒に帰ってきた。その人は母親に、自分たちのしている仕事のことを話して、中にいる息子さんの事には少しも心配しなくてもいゝと云った。「救援会」の人だった。然し母親は、駐在所の旦那が云っているように、あんな恐ろしいことをした息子の面倒を見てくれるという不思議な人も世の中にはいるもんだと思って、何んだか訳が分らなかった。然しそれでも帰るときには何べんも何べんもお辞儀した。――お安は長い間その人から色々と話をきいていた。
 母親はワザ/\東京まで出てきて、到々自分の息子に会わずに帰って行った。
「お安や、健はどうしてた……?」
 汽車の中で、母親は恐ろしいものに触れるようにビクビクしながらきいた。
「何んぼ働いても食えない村より、あこ[#「あこ」に傍点]はウンと楽だって、笑っていたよ。――帰るときまで、お母アにたッしゃ[#「たッしゃ」に傍点]でいてけろと……」
 母親はたった一言も聞き洩さないように聞いていた。――それから二人は人前もはゞからずに泣出してしまった。
         *
 それから半年程して、救援会の女の人が、田舎から鉛筆書きの手紙を受取った――それはお安が書いた手紙だった。
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 あなたさまのお話、いまになるとヨウ分りました。こちらミンナたッしゃ[#「たッしゃ」に傍点]です。あれからこゝでコサクそうぎ[#「コサクそうぎ」に傍点]がおこりましたよ。私もやってます。あなたさまのお話わすれません。兄さんのことはクレグレもおたのみします。母はまだキョウサントウと云えませんよ。まだ
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