広の顔が皮肉にゆがんだ。
 ――本署のものだよ。
 彼はだまって上へあがった。父はまだ帰っていないのか、居なかった。
 ――まア/\、お前!
 母親は顔色をなくして、坐ったきりになっていた。待たしていた間、この可哀相な母親が背広にお茶を出したらしく、「南部せんべい」のお盆と湯呑茶碗《ゆのみちゃわん》が二つ並んでいた。それを見ると、彼は胸をつかれた。彼は次を云えないでいる母親に、
 ――何んでもないんだ。直ぐ帰るよ。
 と云った。
 彼は二人の背広にポケットというポケットを全部しらべられた。家の中はすっかり「家宅捜索」をうけて散らばっていた。
 土間で靴の紐を結びながら、背のずんぐりした方が、
 ――こんな所に関係しているものがいようとは思わなかったよ。
 と云った。
 彼はその言葉の中に、当り前でない意味を聞きとった。彼は河田に云われたことを守っていた。今迄一度だって、彼等に顔を知られたことがなかった筈だ。河田でも云ったのだろうか。そんなことは絶対にない。とすれば――。彼は何かあったんだ、と思った。
 母親は坐ったきりだった。彼は何か云えば、それッ切り泣けてしまうような気がした。
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