れを工場内の眼のつく所にワザと捨てゝ置いたり、小規模だが、バラ撒いたりするようになっていた。
 ――組合のものが作ってるんだッて、工場長は云ってる。「ニュース」の No.16 かに、専務の一カ年間の精細な収入と家庭生活と一年間の芸者の線香代と妾のことを載せたアレ、とても人気を呼んで、とう/\グル/\廻ってしまった。あれで、女工のうちでは、これが本当なら、専務さんの「ナッパ服」に今迄だまされていたッて、泣いた奴が沢山いたそうだ。噂のような話だけど――
 二人は声を出して笑った。
 ――何んしろ細大|洩《もら》さずだから、彼奴等も浮かぶ瀬が無いだろう。
 外は人通りがまばらになっていた。二人は用心して歩いた。
 森本の家の近くの坂に来たとき、河田が内ポケットから新聞の包みを出した。
 ――これ明日まで読んでおいてくれ。そして読んでしまったら、すぐ焼いてくれ。
 森本はそれを受取った。
 ――じゃ、明日九時頃君のところへ行くから、家にいてくれ。
 そう云って、河田が暗い小径を曲がって行った。
 ――彼はその足音を聞いて、立っていた。
 次の日、森本は河田から「共産党」加入の勧誘をうけた。

          十九

「H・S工場」の細胞が毎日々々集合した。手落ちのないように、細かい方法がそこで決められた。河田も顔を出した。
 ビラの形で撒かれる大衆的なニュースが、本当に生きた働きをするためには、その「時期」が絶対に選ばれなければならなかった。工場委員会が開かれる少し前であって、それが同時に「金菱」の整理断行が確定した日でなければならなかった。
 ビラを撒いてからの第二弾、第三弾の戦術、従業員大会開催の件などが、決議された。
 こん度は、専務の方からも職工も利用しようとしていた。普通のストライキと異っていた。専務は没落しかけている。だから、闘争の相手は専務や工場長ではなかった。この大きな「動揺」をつかんで、職工の結束の機関を獲得することにあった。然し、専務たちのもくろんでいることも、職工を結束させるという点では、その形態は同じだった。――この同じ一点に向ってる丁度逆の二つの力がどのようにもつれ合うか?

 ビラは大体次のような骨組を持った。
 1。工場長が天下り的に工場委員会をきめるのでは何んになる。われ/\は全職工の選挙によって、全委員をきめることを要求する。2。今迄提出する議案は工場長は一応眼を通して、差支えのないものばかり出していた。こんなベラ棒なことがあってなるものか。労働者の本当の日常利害の問題をドシ/\出すこと。3。委員長には工場長が勝手になっていた。これでは職工の利益になる事項が決議されるわけがない、委員長は全委員の互選できめること。4。委員会で決めたことでも、決めッ放しのものがあるし、又工場内の大切な規約を改正する場合などは一度だって委員会に出したことがなく、専務や工場長だけで勝手に決めてしまう。結局どうでもいゝことだけ委員会に出す。これでは委員会は看板より劣る。我々はこんなゴマカシに全部反対だ。5。女工も働いている工場であるからには、女工からも委員を選ぶこと。6。「金菱」の惨酷な整理、労働者の虐使と首切りにそなえるたった一つの力は、この工場委員会の自主化を握って、足並をそろえ、全職工が結束することを措いて他にないこと。7。専務らが自分の地位にしがみつくために策動するかも知れない。それに乗せられてはならないこと。8。市内のゴム会社、印刷会社、鉄工場も同じ問題をひッさげて、立ちかけている。「H・S」の同志に握手を求めていること。9。浜の人夫の窮状はもはや対岸の火事ではない。同じ運命がわれ/\にも待ちかまえている。彼等とも我々は手を握って、共に立たなければならないこと…………等々。

 色々のところから出る噂さや、憶測がグル/\廻わっているうちに、雪だるまのように大きくなった。それが職工たちを無遠慮に掻《か》き廻《ま》わした。皆は落付くことを忘れてしまった。休憩時間を待ちかまえて、皆が寄り集った。職長《おやじ》さえその仲間に首を差しこんできた。
 何時でもこッそり工場長に色々な小道具を造ってやっていた仕上場の職工などは、今度は露骨に悪口をたゝきつけられた。職工は工場で自分のものを作ることは愚か、鉄屑、ブリキ片一つ持ち出しても首だったのだ。
 ――又新しい工場長にもか? ハヽヽヽヽ、精々どうぞね!
 上役にうまく取入って威張っていたもの等が、ガラ/\とその位置を顛倒《てんとう》して行った。支え柱を一旦失うと、彼等は見事に皆の仲間|外《はず》れを食った。
 ――ざまア見ろ!
 皆は大ッぴらに、唾をハネ飛ばした。
 そんな関係を持っている職長などは顔色をなくして、周章てゝいた。が、早くも彼等は、職工の大会を開いて、対策を講じな
前へ 次へ
全35ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング