縮! 文句云うな。手前一人片付けば、サバ/\するァ!
ハンドルを握っていた職工が上で唾《つば》をひッかける真似をした。
――畜生々々!
下のは大ゲサ[#「ゲサ」に傍点]に横へ跳《は》ねた。
――上から見れア、どいつもこいつも薄汚くゴミ/\してやがる。
――少し高いところさ上ったと思って、可哀相に畜生、すぐブル[#「ブル」に傍点]根性を出しやがる。
――ヘン、だ。手前らを顎《あご》で一度は使っても見たくならァ。
横ボール盤の側に、四五人の職工とパンパン帽をかぶった職長が集って、ワイヤー・プレーを跛《びっこ》に吊したグレーンがガラ/\と寄ってくるのを見ていた。
――オーライ!
渡り職工の職長が手を挙げた。手先きを見ていたハンドルの職工がグイと手元にひいた。グレーンがとまると、ワイヤー・プレーは余勢でゆるく揺れた。その度にチエンが、ギーイ、ギーイときしんだ。周《ま》わりを取巻いていた職工たちが、その揺れの拍子を捕えて、丁度足場の上へ押して行った。
――レッコ、レッコ!
職長は手先きをお出で/\をするように動かした。チエンがギクシャクしながら、延びてきた。エンヤ、コラサ、エンヤ、コラサ……皆は掛声をかけ始めた。ワイヤー・プレーは底を二つの滑車にのせ、穿孔機《ボールバン》の腕にその軸と翼を締めつけて、固定された。グレーンが喧《やかま》しい音をたてゝ、チエンを捲き上げた。白墨を耳に挟《はさ》んだ彼等は、据えつけた機械のまわりを歩いたり、指先きでこすってみたり、ヤレ、ヤレという顔をした。
――森本のところからは、それが蟻《あり》が手におえない大きなものを寄って、たかって引きずッているように見えた。素晴しく大きな鉄の機械の前には、人間は汚れた鉄クソ[#「鉄クソ」に傍点]のように小さかった。彼は製罐部の護謨塗機《ライニング・マシン》の壊れた部分品を、万力台《バイス》にはさんで、鑪《やすり》をかけていた。――足場の乗り[#「乗り」に傍点]が一分ちがったとする。その時チエンがほぐれて……。と、あの大きなワイヤー・プレーはたった一つの音もたてずに、グイと手前にのめってくる。四人の職工のあばら[#「あばら」に傍点]骨が障子の骨より他愛なくひッつぶされてしまう。たった一分のちがいだとしても。二円にもならない、そこそこの日給を稼ぐために、職工は安々と命をかけている。――だのに、この職工たちは「ビラ」を鼻紙にしてしまった!
彼はマシン油で汚れた手を、ナッパの尻にゴシ/\こすった。「ま、それでもいゝだろう……!」――そして彼はフン、と鼻をならした。
三
終業のボーが鳴ると、皆は仕事場から一散に洗面所へ馳《か》け出した。狭いコンクリートの壁が、女湯のような喧ましさをグヮン/\響きかえした。顔の所々《ところどころ》しか写らない剥げた鏡の前で、膚ぬぎになった職工たちが、石鹸《せっけん》の泡とお湯をはね飛ばした。悍しい肩と上膊の筋肉がその度にグリ、グリッとムクレ上った。
――馬鹿野郎め、石鹸が泣きやがる、オイ鑪でゴシ/\やってくれ。
――田中絹代さんにふられ[#「ふられ」に傍点]たいってね。
――オヤ/\だ、この野郎。
割り込んで来る奴を、両方のが尻と尻をくッつけて邪魔をした。
――何んだ、大きくもない尻《けつ》を! 尻を割るど、此奴!
――へえ、済みませんね、エミちゃんのお尻でなくて。
――抱くにも、抱かれぬッてとこだな。ハハヽヽヽヽヽ。
その後で、皆は手拭《てぬぐい》を首にまきつけて、つッ立ったり、白い角《かく》の浮石鹸を手玉にしたり、待っていた。
――こん畜生、だまってるとえゝ[#「えゝ」に傍点]気になりやがって、棒杭《ぼうぐい》じゃないんだど。
と、云われた奴が石鹸で顔中をモグモグさせながら、
――へえ、何時《いつ》人間様になったかな。俺はまた職工さん[#「職工さん」に傍点]だとばかり思っていたが!
見当ちがいの方を見て、云いかえした。
申訳程の仕切りがあって、女工たちの洗面所がすぐ続いていた。洗面所にしゃがむと、女工たちの腰から下が見えた。職工たちは腰から下だけの「格好」で、誰が誰かを見分けるのに慣れていた。顔を何時までも洗っている振りをして、職工たちはそれを見ていた。
――あの三番目が「モンナミ」の彩《あや》ちゃんだど。
工場では、Y市の有名なカフエーやバーのめずらしい名前をとってきて、「シャン」な女工を呼んでいる。
――どうだいあの腰の工合は!
――あいつ、この頃めっきり大人になってきたぞ。フン!
――腰がものを云うからな。
――こっちは誰だ?
――おッと、動いたぞ。足を交えた。……いゝなア、畜生!
――オイッ!
後に立っているものが、それを見付けて、いきなり
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