役にも立ったためしもないけれども、それにさえ女工を無視してるでしょう。
 ――二人か出てるさ。
 ――あれ傍聴よ。それも、デクの棒みたいに立ってる発言権なしのね。
 ――ふウん。
 ――氷水お代り貰わない?
 ――ん。
 ――あんた仕上場で、私たちの倍以上も貰ってるんだから、おごるんでしょう。
 お君は明るく笑った。並びのいゝ白い歯がハッキリ見えた。森本はお君の屈託のない自由さから、だんだん肩のコリ[#「コリ」に傍点]がとれてくるのを覚えた。お君はよく「――だけのこと」「――という口吻《こうふん》。」それだけで切ってしまったり、受け答いに「そ」「うん」そんな云い方をした。それだけでも、森本が今迄女というものについて考えていたことゝ凡《およ》そちがっていた。――こういうところが、皆今迄の日本の女たちが考えもしなかった工場の中の生活から来ているのではないか、と思った。
 ――会社を離れて、お互いに話してみるとよッく分るの。皆ブツ/\よ。あんた「フォード」だからッて悲観してるようだけれども、私各係に一人二人の仲間は作れるッて気がしてるの。――女ッて……
 お君がクスッと笑った。
 ――女ッて妙なものよ。一たん方向だけきまって動き出すと、男よりやってしまうものよ。変形ヒステリーかも知れないわね。
 ――変形ヒステリーはよかった。
 森本も笑った。
 彼は河田からきいた「方法」を細かくお君に話し出した。するとお君はお君らしくないほどの用心深い、真実な面持で一々それをきいた。
 ――やりますわ。みんなで励げみ合ってやりましょう!
 お君は片方の頬だけを赤くした顔をあげた。
 氷水屋を出て少し行くと、鉄道の踏切だった。行手を柵が静かに下りてきた。なまぬるく風を煽《あお》って、地響をたてながら、明るい窓を一列にもった客車が通り過ぎて行った。汽罐《ボイラー》のほとぼりが後にのこった。――ペンキを塗った白い柵が闇に浮かんで、静かに上った。向いから、澱んでいた五六人がすれ違った。その顔が一つ一つ皆こっちを向いた。
 ――へえ、シャンだな。
 森本はひやりとした。それに「恋人同志」に見られているのだと思うと、カアッと顔が赤くなった。
 ――何云ってるんだ。
 お君が云いかえした。
 彼女は歩きながら、工場のことを話した。……顔が変なために誰にも相手にされず、それに長い間の無味乾燥な仕事のた
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