女工たちの疳高《かんだか》い声がやかましく目立ってきた。
――何ァによ、絹ちゃん、ラヴ・レター?
――ラヴ・レターの見本か? 馬鹿に太《で》ッかいもんでないか。
それを見ていた男工も寄ってきた。
――そんな事すると、伝明さんが泣くとよ。
――そうかい、出目[#「出目」に傍点]でなけァ駄目とは恐ろしく物好きな女だな?
皆が吹き出した。
田中絹代がビラを皆に一枚々々渡してやった。
――な、何ァんでえ、これはまた特別に色気が無いもんでないか。
――組合のビラよ。
[#ここから4字下げ、罫囲み]
失業労働者大会
・市役所へ押しかけろ!
・我等に仕事を与えよ!
・失業者の生活を市で保証せよ!
[#ここで字下げ終わり]
仕上場の方から天井の低い薄暗いトロッコ道を、レールを踏んで、森本等が手拭いで首筋から顔をゴシ/\こすりながら出てきた。ズボンのポケットには無雑作に同じビラが突ッこまされていた。
――よオッ! 鉄削《かなけづ》りやッてきたな!
連中を見ると、製罐部の職工が何時もの奴を出した。
――何云ってるんだ。この罐々虫!
負けていなかった。
――鉄ばかり削っているうちに、手前えの身体ば鰹節《かつおぶし》みてえに削らねェ用心でもせ!
製罐部と仕上場の職工は、何時でもはじき合っている。片方は熟練工だし、他方は機械についてさえいればいゝ職工だった。そこから来ていた。普段はそれでもよかったが、何かあると、知らないうちに、各々は別々に固まった。――例えば、仕上場の誰かゞ「歓迎」か「観迎」か分らなかったとする。すると、仕上場全部が「一大事」でも起ったように騒ぎ出す。彼等はこんな事でも充分に夢中になった。頭を幾つ並べてみたところで、同じ位の頭では結局どうしても分らず、持てあましてしまう。然し彼等は道路一つ向うの「事務所」へ出掛けて行って、ネクタイをしめた社員にきくことがあっても、製罐部の方へは行かないのだ。
相手の胸にこたえるような冗談口をさがして、投げ合いながら、皆ゾロ/\階段を食堂へ上って行った。上から椅子の足を床にずらす音や、女工たちのキャッ/\という声が「塩鱒」の焼ける匂いと一緒に、賑《にぎ》やかに聞えてきた。
この日、Yの「合同労働組合」のビラは「H・S工場」へ三百枚程入った。職場々々の「職長《おやじ》」さえもビラを持っていた。然し、その
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