人近くの職工のこもったどよめきが、足踏みや椅子をずらす音と一しょになり、重い圧力のように押しかぶさって来た。手筈をきめて置いた激励の演説がそれを太くつらぬいた。離れていると、その一つ一つの言葉が余韻を引きずるように、ハッキリ職工たちをとらえている。潮なり[#「なり」に傍点]に似た群衆の勢いが――どよめきが分った。それによって、何より会社[#「会社」に傍点]主義で集っている職工たちを、その演説で引きずり込まなければならないのだ。――彼は嘗《か》つて覚えたことのない血の激しい流れを感じた。これからやってのけなければならない、大きな任務を考えると、彼はガタ/\と身体がふるえ出した。グイと後首筋に力を入れ、顎をひいてもとまらなかった。彼は内心あやふやな恐怖さえ感じていた。こんな時に、河田が側にいてくれたら、たゞいてだけくれても、彼は押し強くやれるのだが、と思った。
知った顔が振り返って、笑った。――しっかりやってくれ、笑顔がそう云っていた。
食堂の中はスチィムの熱気と人いきれで、ムンとむれ返っていた。油臭いナッパ服が肩と肩、顔と顔をならべ、腰をかけたり、立ったり――それが或いは腕を胸に組み、頬杖《ほおづえ》をし、演説するものをにら[#「にら」に傍点]んでいた。彼等はそして自分たちでも知らずに、職場別に一かたまりずつ固まっていた。アナアキストの武林の仲間は、一番後に不貞腐《ふてく》された図太い恰好で、板壁に倚《よ》りかゝっていた。
左寄りの女工たちは、皆の視線を受けていることを意識して、ぎこちなく水たまり[#「たまり」に傍点]のように固まっていた。今迄の会社のどんな「集会」にも、女工だけは除外していた。女たちは今、その初めてのことゝ、自分たちの引き上げられた地位に興奮していた――。
壇には鋳物場の増野が立っていた。「俺は何故顔の半分が鬼になったか」彼はそのことをしゃべっていた。身体を振って、ものを云う度に、赤くたゞれた顔がそのまゝ鬼になって、歪んだ。――初め、みんなの中に私語が起った。
――また、ひでえ顔をしてるもんだな!
時々小さい笑い声が交った。然しそれ等がグイ/\と増野の熱に抑えられて行った。
――我々はこれだけの危険を「毎日の仕事」に賭けている。こんな顔になって、諸君は笑うだろう。だが、可哀相な僕は顔だけでよかったと思っている。一日二円にもならない金で、我
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